浜田省吾ソロデビュー50周年を記念して、貴重な鼎談が実現した。
学生時代から浜田とともに歩み、半世紀にわたってマネジメントを担い、現在は浜田省吾らが所属する事務所・ロードアンドスカイの代表をつとめる高橋信彦氏、デビュー当時からライターとして、そして音楽評論家として浜田の歩みを追い続けてきた田家秀樹氏、さらにレーザーターンテーブルを通じてアナログ盤の真価を世に問い続けるエルプ社・竹内孝幸氏が一堂に会しての本鼎談。
浜田省吾の軌跡を辿りながら、日本の音楽シーンを牽引し、多くのアーティストに影響を与える稀代のシンガーソングライターの実像に迫り、その作品の魅力を紐解いていく。前編では、それぞれの浜田省吾との原点、ソロデビュー50周年を機に動き出したアナログ盤リリースプロジェクト、スペシャルパッケージCDについて語り合ってもらう。
■それぞれが語る、浜田省吾との出会い
――今回の鼎談は、浜田省吾さんのソロデビュー50周年を記念して、御三方にお集まりいただきました。まずは、皆様と浜田さんの出会いからうかがいたいと思います。
高橋信彦(以下、高橋):僕の場合は大学時代に、中学からの友達・町支寛二(ギター)が浜田とバンドを組んでそこからの付き合いです。バンド時代は僕と町支、そして浜田の3人で行動することが多く、この“三角関係”のバランスが絶妙で、町支がいつもニコニコしてくれていたからこそ心地いい関係のまま、今日まで続いてきたのだと感じています。ソロデビューのタイミングの頃には少し離れていた時期もありますが、1977年からはずっとマネジメントに関わっています。
田家秀樹(以下、田家):私は当時、文化放送で構成作家をやっていたのですが、1976年のデビュー時のお披露目ライブを見ています。その後ソニーミュージックのプロモーターから「浜田省吾のラジオ番組風のプロモーションツールを作ってほしい」と依頼されました。1stシングル「路地裏の少年」(1976年4月21日)を聴いた瞬間、「これは俺たちの歌だ」と直感しました。
説明が難しいのですが、「学生運動の匂い」なんですよ。70年代のキャンパスの匂い。私は浜田さんの6歳年上ですが、彼も同じところにいたんだなという感覚でした。当時、局内では「フーテンみたいなもんだ、長髪で生意気で」という目で見られていた。70年代ってそういう居場所がない若者がたくさんいて、「路地裏の少年」を聴いて「俺たちの音楽仲間なんだ」って意識が生まれました。
▼路地裏の少年 (ON THE ROAD “FILMS”)
竹内孝幸(以下、竹内):僕は高校生のときに通学中イヤホンを通して「君が人生の時…」(1979年12月5日)を聴いて、こんなに素敵なメロディを書くアーティストがいるんだ、というのが出会いです。西武線沿線に住んでいたのでAIDOの「恋の西武新宿線」(1975年9月1日)は我が街の歌みたいな感じで、そこから入っていって。その後レコードを買い集めるなかで、特にインパクトが大きかったのが田家さんと同じく「路地裏の少年」でした。
▼君が人生の時… (Welcome back to The 70’s 「君が人生の時~Time of Your Life」 / Short Version)
そこから浜田さんのすべてが気になり始め、浜田さんのGジャンにつけているバッジをよく見たらブルース・スプリングスティーンだったりして、そこを起点にいろいろな音楽を聴いて、音楽的にも多大な影響を受けました。社会人になってから、映像制作の仕事をしていた際、『A PLACE IN THE SUN at 渚園 Summer of 1988』で高橋さんとお会いしました。
高橋:竹内さんと知り合ってから、いろいろな企画を持ってきてもらうなかで、野外ライブ『A PLACE IN THE SUN at 渚園 Summer of 1988』のとき、リモコンで動かせるカメラを積んだ空撮ができる飛行船を飛ばそうということになったんですが、当時は“賑やかしになって良かったな”という程度でした(笑)。でも映像に残ったものを観ると、飛行船があのライブの象徴みたいな存在になっていて、(撮影した映像に)何倍もの価値を感じるようになりました。竹内さんとはその後、しばらく空いてからレーザーターンテーブル(レコード盤の溝を針ではなくレーザー光で読み取って再生するレコードプレーヤー)を通じて再会することになります。
――高橋さんは浜田さんと一番長い時間を共にしていて、非常に独特な距離感があるように見えますが、それがここまで人生を共にしてきた秘訣なのでしょうか。
高橋:四六時中、浜田とふたりだったらどうだったんだろう(笑)。距離をある程度保っているのがやっぱりいいのかな、と自分では思っています。僕はどのアーティスト、人に対しても、適度な距離をおいてお付き合いすることを心掛けています。あまり近くなりすぎると…嫌な部分が見えてきそうで(笑)、それが嫌なんです。ツアーのリハーサルも見ないようにしていて、セットリストもあえて細かく見ません。それはプロの現場で思いつきでものを言うこともできないし、だったら純粋に音楽ファンとして観たほうがいい。だから初日をファンの皆さんと一緒に客席から観させてもらうというスタンスです。
田家:その適度な距離感こそが、50年という長い年月を共に歩めた理由でしょう。お互いに“言わなくてもわかること”と“言うべきこと”のバランスが出来上がっていると思います。今回、『生まれたところを遠く離れて』(1976年4月21日)のリミックス盤のライナーノーツを書かせていただきましたが、その際に町支さん、高橋さんとプロデューサー・鈴木幹治さん、エンジニア・野口素弘さんにお話をうかがったんです。そこでわかったことが、全員が決してただ手放しであの作品を絶賛しているわけではない。それぞれの視点から冷静な意見を出し合える、良いところも悪いところも全部知ったうえでの距離感がある。「でも浜田がやるんだったらいいよ」という、ほどよい着地点をみんなが持っているんです。それが50年間続いてきた大人の関係なんだろうなと実感しました。
■『生まれたところを遠く離れて』は浜田省吾が完成されるまでの重要なドキュメンタリー
――ソロ1stアルバム『生まれたところを遠く離れて』のアナログ復刻とリミックスについておうかがいします。改めて、この作品はどう位置づけられていますか?
田家:ライナーノーツのための取材を経て改めて感じたのは、このアルバムは浜田省吾というアーティストが完成されるまでの、試行錯誤の歴史そのものだということです。浜田さん自身がかつて「『生まれたところを遠く離れて』から70年代に発表した5枚のアルバムを廃盤にしたい」という話をしていましたが、それは決して作品を否定しているわけではなく、当時の自分たちが納得のいく音作りができていなかったという忸怩たる思いの比喩だったのでしょう。
しかし、あの70年代の試行錯誤があったからこそ、今の彼がある。当時は決して売れたとは言えなかった彼を、レコード会社が信じて待ち続けたというのは、今の音楽業界では考えられないほど寛大なことでした。なので、あの過程はひとりのアーティストが完成されるまでの重要なドキュメンタリーなんです。
高橋:僕はどちらかというとサウンド志向で、『生まれたところを遠く離れて』は歌詞が先に飛び込んでくるような感覚の作品なので、個人的には高く評価していなかったんです。
――浜田さんはオフィシャルサイトのディスコグラフィーでで「1stと2nd、2枚合わせてデビュー作」とおっしゃっています。
高橋:6枚目のアルバム『Home Bound』(1980年10月21日)はロスでレコーディングしましたが、そのときの衝撃は今でも覚えています。5枚目までは試行錯誤の連続でしたが、あのとき「全然違うな」と。海外のミュージシャンのクオリティの高さもさることながら、浜田自身、2作目以降は“ポップス”を歌ってきましたが、やっぱり『生まれたところを遠く離れて』のようなロックが歌いたかったのだと思いました。『Home Bound』での経験を経て、言葉に音が追いついてきた感覚がありました。
竹内:アルバム『J.BOY』(1986年9月4日)が浜田さんの作品の金字塔という人は多いかもしれませんが、僕のなかではやっぱり『生まれたところを遠く離れて』が原点なんです。いろいろなアルバムを経ても、最終的にはあのファーストに戻ってくる。23歳の浜田省吾がギラギラしている。それがずっとそこにある、という感じがしていました。
■2026 Remix Versionは今の浜田省吾の好みにリミックス
――今回の2026 Remix Versionの制作プロセスについて詳しく聞かせてください。
レーベルスタッフ: 基本的には、リアルタイムで当時を経験していない40代のエンジニアの野口さんが、自由度を高く持って最初のミックスを仕上げます。どこまでやっていいかの境界線は(鈴木)幹治さんが設定して、出来上がったものをフレッシュな耳で浜田さん本人が聴いて判断するという流れです。大幅な方向転換は特になく、最初にいくつかの曲で試したものがすごく良くなりそうだったので、そのまま最後まで進んだという感じです。
高橋:野口さんはもう10年近く浜田のメインエンジニアをやっていますから、浜田の好みも幹治さんの好みも知り尽くしている。トラック自体をそんなにいじっているわけではなくて、今の浜田の好みにミックスしたらこんな感じになるんじゃないか、ということだと思います。
――田家さんは今回のリミックスを聴いて最初どう感じましたか。
田家:野口さんは「浜田さんにもこういう尖った時期があったんだと実感した」と話していましたね 。特に「路地裏の少年」のリミックスには驚きました。イントロのドラムやベースの重量感が格段に増して、聴いた瞬間にライブが始まったと思いました。こんな始まり方をするのかと。今の浜田省吾がやりたいライブ感が出た音像になっていると感じました。野口さんはライブテイクのミックスも手がけているので、「路地裏の少年」を今ライブでこの音で聴きたいというイメージをひとつ作ったのだと思います。
竹内:私は今回「路地裏の少年」を聴いたとき、バスドラが前面に出ていることにすごく驚いたんです。1976年のトラックが自分のなかで完成形になってしまっているので、なぜこんなにバスドラが前に出ているんだろうという印象が強かった。ただ、田家さんから「それが良かった」と聞いて、まったく別の受け止め方をしていたんだなと(笑)。
田家:そこに解釈の豊かさがある。リミックスというのは、聴こえていなかった音像がはっきりしてくる発見の体験でもありますよね。
高橋:オリジナルはベースのあのフレーズをかなり立たせていた印象があって、ものすごく印象的だった。今回はそれが相対的に下がって、ドラムが強くなっている。その関係性かもしれないですね。あのベースのフレーズはすごくよかったけど、あそこまでやらなくてもよかったかなという気も、実は僕はしていました。
竹内:リマスター盤やアナログ化というのは、ともすれば幻滅することが多いんです。マスターテープが年々劣化しているので、楽器類はある程度ごまかせても、ボーカル、声は動かせない。でも今回の2作品を聴くと、声はある意味いい年の取り方をしている。その年の取り方があの当時のギラギラした浜田省吾を吟醸的に発酵させていて、うまくミックスされている。僕が2025年のツアーの9月に水戸市民会館のステージで感じたものと、今回のリミックスのボーカルの感触が繋がるんです。隔たりがない、リミックスという言葉だと足りないくらいの、それ以上のものだと感じました。
田家:アルバム全体を通じて感じたことを言うと、まず音の重量感——こんなに重たい低域がちゃんとした安定感を持ったアルバムだったんだという発見がありました。
それから音像のスケール感。当時のJ-POPのアルバムは中域がメインでぎゅっと詰まっている感じがありましたが、それが全部解放された感じというか。
そして声と楽器のエッジのデリケートさ。鋭さも弱さも全部聴こえてくる。これは当時のアルバムとはまったく別物のように感じることができました。しかも23歳の尖りや切なさ、やり切れなさが全部歌になっている。
■楽曲本来の生き生きとした表情が引き出された『LOVE TRAIN』
――2ndアルバム『LOVE TRAIN』はいかがでしたか?
田家:『LOVE TRAIN』は、こんなにいい曲が多かったんだということがちゃんと確認できた。いい演奏だなとも改めて思いました『生まれたところを遠く離れて』が「生まれ変わった」という感覚だとしたら、『LOVE TRAIN』は「洗練された」という感じでした。全然違うアルバムです。2作品ともに、当時の浜田省吾がここにいると思ったし、2026年のアルバムとして今ここにあるという、自分の青春を確認するような感覚もありました。
高橋:『LOVE TRAIN』は、オリジナルのミックスに何か問題があると言うと語弊があるのですが、素晴らしいミュージシャンを起用しながらも、ミックスの面で「何かが違う」と感じていた部分がありました。それが今回のリミックスによって、楽曲本来の生き生きとした表情が引き出されていると思います。
■『生まれたところを遠く離れて』は50周年記念CDにも
――『生まれたところを遠く離れて』は、アナログ盤と同じ音源を収録した50周年記念CDとしてもリリースされます。
高橋:もともと私は、全カタログをアナログで再構築したいという思いからこのプロジェクトを提案しました。CDからストリーミングの時代を経て、今あえてアナログで作品と向き合う時間の豊かさを提案したかったんです。
レーベルスタッフ:高橋さんからその提案をいただいた際、『生まれたところを遠く離れて』のリミックスの出来があまりに素晴らしかったので、アナログだけではもったいないと感じました。アナログはどうしてもマニアックな届き方になってしまうので、もっと広く、多くのリスナーにこの進化した音を届けるために50周年記念CDとしての展開を提案させていただきました。
田家:CDパッケージの仕様も豪華ですね。アートディレクターの田島照久さんが手がけたスペシャルパッケージには、貴重な写真も多く使用されています。先ほども出ましたが、私のライナーノーツも、1万字という異例のボリュームで執筆させていただきました。この作品を手にしてくださる方は、当時生まれていないという方も多いと思うので、あの時代のことや自分のことも書きながらこの作品の50周年における意味を紐解いています。
■アナログLP盤は音を“掬える”ような感じで体に染みわたってくる
――アナログLP盤の楽しみ方についても改めて聞かせてください。竹内さんは『生まれたところを遠く離れて』を何枚も持っているとお聞きしました。
竹内:1976年のリリース時に何度もリカッティングされているんですよ。カッティングは本当に奥が深くて、まだ調べ切れていないことがたくさんあります。最初のプレスとセカンド、サードプレスを比べていくと音の差がわかってきて、それぞれに個性がある。それをレーザーターンテーブルで聴くと、音を“掬える”ような感じがして、体に染みわたってくる。
この2作品のリミックスにもそういう感覚がありました。通常のリマスター盤では本当にない体験です。今回のアナログ盤シリーズはそういう意味でも楽しみで。この探求には、まだまだ終わりが見えません。それからレコードはマスターテープの“分骨”のようなものだと思っています。一枚一枚がマスターと同じくらいの価値を持っている。アナログレコード化は大切な作業だと思います。
高橋:今回のアナログ企画は、ただの振り返りとは違う形の振り返り方だと思っています。テスト盤が届いて聴くと、自分がいちばん得している感じがするんです(笑)。片面15分から20分強なので否応なしに作品と向き合うことになります。CDのようにスルーして聴くことができない分、一曲一曲に対する集中力が変わってくる。テスト盤を聴いているとき、今さらながら「なんていいアルバムなんだろう」と、作品と向き合う幸せを再確認しました。こうしてアナログで作品を再構築していくことは、浜田省吾の50年という歴史を次世代に継承していくうえでも、非常に重要な意味を持っていると感じています。
竹内:カッティングの幅の話に戻りますが、初期の盤と後年の盤では、ベースのフレーズの立ち上がり方がまるで違うんです。特に1stのあの曲では…。
――竹内さんのコアなレコード談義が止まりませんが、この続きはまた次回、じっくりうかがいたいと思います。浜田省吾さんの50周年を巡る旅は、まだ始まったばかりです。
INTERVIEW & TEXT BY 田中久勝
浜田省吾ソロデビュー50周年記念
「SHOGO HAMADA 50th Anniversary Vinyl Collection」特設サイト
https://shogohamada.lnk.to/50thAnniversaryVinylCollection
■リリース情報
2026.04.21 ON SALE
ANALOG LP『生まれたところを遠く離れて』
https://shogohamada.lnk.to/UMARETATOKORO_Vinyl
2026.04.21 ON SALE
ALBUM『生まれたところを遠く離れて(2026 Remix Version)』
https://hamadashougo.lnk.to/Far_Away_from_Home_50th
2026.04.21 ON SALE
ANALOG LP『LOVE TRAIN』
https://shogohamada.lnk.to/LOVE_TRAIN_Vinyl
■関連リンク
浜田省吾 OFFICIAL SITE
https://shogo.r-s.co.jp/
https://www.sonymusic.co.jp/artist/ShogoHamada/info/
楽曲リンク:浜田省吾
https://smer.lnk.to/shogohamada
▼浜田省吾50周年特集記事はこちら
https://www.thefirsttimes.jp/keywords/15254/
▼浜田省吾の最新記事はこちら
https://www.thefirsttimes.jp/keywords/1776/








