THE F1RST TIMES

COLUMN

2021.10.07

K-POPの取材の今と昔。比較して見えてくるアーティストの“変わらぬ姿勢”

TEXT BY まつもとたくお

■ひらめきと勢いで成功を手に入れた者が目立った、1990年代の韓国音楽シーン

K-POPはメジャーなジャンルとなり、世界的な人気を持つアーティストは年を追うごとに増えてきている。その背景には時間とコストをたっぷり投入した音作りやパフォーマンス、緻密なプロモーションなどがあるだろうが、システマチックな戦略が主流になったのは、ここ10年ぐらいの話だ。

特にK-POPシーンが急成長した1990年代から21世紀に入る頃までの韓国の音楽業界はかなりアバウトで、現在の状況とはかけ離れていた。ひらめきと勢いで成功を手に入れた者が目立ち、PRの仕方も直感やノリで決めることもしばしば。

それゆえに日本から取材を申し込むのも容易ではなく、あの手この手を使ってアポイントを取っていたのが、今となっては懐かしい。

通常は「インタビューをしたい」と相談する相手はレコード会社や所属事務所だが、当時は正攻法で連絡してもまったく反応がないか、繋がっても「後で返事する」と言われてそのままだったりするケースが多かった。それでもめげずにトライしたのが、以下のやり方である。

【1】歌手の個人ホームページのメッセージ欄に書き込む

ファンの書き込みがずらりと並ぶ中、「私は日本の有名な音楽評論家です。あなたの歌声は素晴らしい。毎日聴いて感動しています。日本でもきっと通用すると思う。だから取材をさせてください」と、わざとテンション高めのメッセージを日本語と韓国語で記入すると、結構な確率で反応がある場合が多かった。しかしながら、ビッグネームになればなるほど通用しなくなるのがつらいところである。

【2】テレビ局やラジオ局で出待ち

メールや電話でアポイントが取れないのであれば、直接交渉である。渡韓してお目当ての歌手が出る音楽番組の収録日をチェックして、テレビ局・ラジオ局へ。関係者出入口に近づいてきた歌手本人とマネージャーに「私は日本からやってきた有名な音楽記者です!」と恥ずかしげもなく叫ぶと、意外とすんなりOKしてくれたりする。「じゃあ、収録後に控室でやりましょう」と言われたときは、天にも昇る気分になったものだ。

【3】歌手の移動中に交渉する

テレビ局・ラジオ局の出入口で待っていても出会えない、会っても無視される……。でもせっかく韓国へ来たのだから簡単にはあきらめきれない。だから、駐車場から出ていくお目当ての歌手が乗った車を見つけた場合は、その場に近づき「取材依頼書だけ受け取ってください!」と懇願したときもあった。結局取材OKとならなかったものの、「読者プレゼントにどうぞ」とサイン色紙をもらったのが、今では良い思い出だ。

【4】公演会場の控室で直談判

20年ほど前は、野外イベントやホールコンサートでも事情を話せば入れてくれるケースがよくあった。会場に入ると楽屋をのぞき、関係者を見つけたらすかさず取材の相談をする。OKをもらえる確率はかなり高かったように思う。とある女性デュオの控室から飛び出してきたペットをつかまえたところ、メンバーの愛犬だったことが判明。「お礼にインタビューを受けましょう」となったのも、チェック体制が緩かった当時ならではのエピソードである。

以上のように今となってはありえない手段で取材をしていたわけだが、とにかく現場は常に忙しかったのだろう。わずかな時間も惜しんで仕事をしている間に日本から取材の依頼が来ても十分な対応ができないのはわからなくもない。

アーティストへのアプローチ方法は今と昔ではすっかり変わってしまったが、「これだけはずっと同じだなあ」と痛感するポイントもいくつかある。特に変わらないのは“理想のサウンドは欧米にあり”という視点だ。

どんなタイプの人にインタビューしても、日本の音楽業界の大きさやジャンルの多様性をうらやましがるものの、実際に手がける音はJ-POPよりもアメリカやイギリスのサウンドを意識しているケースが多い。

こうした韓国のアーティストたちのブレのなさが、K-POPが国境を越える大きな原動力になったのではないだろうかと最近よく思う。

ディスコミュージック風の「Dynamite」で大成功を収めたBTSしかり、R&Bをベースにした独自のサウンドが世界各地で愛されるBLACKPINKしかり。彼ら・彼女らのワールドワイドな活躍ぶりを見るたびに、理想を追い求めることの大切さを再認識するのである。