THE F1RST TIMES

COLUMN

2021.11.26

アデルが6年ぶりの新作『30』で問い直す、愛することと生きることの本質。新旧プロデューサーとの12曲の音楽世界

TEXT BY 新谷洋子
PHOTO BY Simon Emmett

■アデル節にさらなる磨きをかけて帰ってきた

2021年の音楽界を締め括るに相応しいビッグ・アルバムが届いた。もしくは、“ジャイアント・アルバム”と呼ぶのが正確なのかもしれない。もちろんアデルの6年ぶりのアルバム『30』のことだ。6年の年月が経てば、その間に新しいスターが生まれたり、流行が変わったりもするわけだが、すでに10月に登場した先行シングル「Easy On Me」が、BTSが僅か5ヵ月前に打ち立てたSpotifyの最多ストリーミング回数(2090万回)を更新しており、欧米のメディアではどこを見ても“アデルのニュー・アルバムが到着!”という文字が飛び交っている現状を見る限り、このロンドン生まれのシンガー・ソングライターの場合、時間の経過は人々に彼女を忘れさせるどころか、逆に渇望感をかき立てたようなところがある。そして本人も、6年の重みをずっしりと作品に反映させ、過去3枚のアルバムで確立したアデル節にさらなる磨きをかけて帰ってきた。そう、アデル節とは言うなれば、タイムレスな永遠のスタンダードであり、彼女がその時々の自分の体験をあけっぴろげに、スモーキーでブルーがかった美声で歌い上げる音楽。特にアデルの場合、実らずに散った恋の残骸を前にした気持ちをリスナーと分かち合う“ハートブレイクの女王”として、熱い支持を勝ち取ったという経緯がある。

いや、彼女の快進撃は「熱い支持を勝ち取る」などという生易しいものではなかった。デビュー作『19』(08年)が600万枚、セカンド『21』(11年)は3,100万枚、サード『25』(15年)は2,200万枚の売り上げを達成。うち『21』は現時点で今世紀最多のセールスを記録しており(2位は『25』だ)、ご承知の通り、2010年代以降の音楽界の頂点に立っている。

つまりキャリアは順風満帆そのものだったのだが、『25』を発表してからのアデルの人生は、穏やかじゃなかった。現在9歳になる息子アンジェロの父親でもある夫と離婚し、自分の生き方そのものに不安を感じ始め、精神的にひどく消耗して無力感や孤独感に苛まれていたという。それがちょうど30歳の頃。つまり、『30』には当時の彼女が置かれていた状況が赤裸々に描かれており、今回もハートブレイクのアルバムと呼んで差し支えない。とはいえ、ここに収められた曲から察するにダメージの大きさはこれまでの比ではなく、自分はどこで間違えたのか、そこから何を学んだのか、この先どう生きていくのか、自分は何を欲しているのか……と自問自答を繰り返しながら、愛することと生きることの本質を問い直しているかのような作品なのだ。

■無防備になることも恐れない強さ

よって今回のアデル節は、歌詞だけを追っていると非常にヘヴィであるのも事実。彼女はナマ傷を躊躇なくさらし、“もう何も感じられない/泣くこともできない”と嘆く「Cry Your Heart Out」を始め、暗い部屋で膝を抱えてうずくまっているところを想像せずにいられない曲もある。息子に宛てた「My Little Love」には親子が交わした会話がそのまま織り込まれていて、自分の苦しみを息子に説明しようとしている彼女の姿が、ただただ痛々しい。元夫に別れを告げる「Hold On」では、割れるままに任せた声に涙が混じって聴こえる。それでいて本作がアデルという人物について我々に伝えているのは、彼女の弱さではなく、むしろ、これほど無防備になることも恐れない強さだ。しかも『30』は、途方もなくスリリングな音楽体験を提供する作品でもある。というのも、前作でもコラボしたグレッグ・カースティンとマックス・マーティンの両ベテランから、ルドヴィグ・ゴランソン(映画『ブラックパンサー』のサントラでアカデミー賞作曲賞に輝いたスウェーデン人の作曲家/プロデューサー)、或いはインフロー(英国のソウル/ヒップホップ・シーンで脚光を浴びる英国人の新鋭)に至る新旧のトップ・プロデューサーをコラボレーターに起用したアデルは、これまでになく色彩豊かなオーガニック・サウンドのパレットを用いて、レゲエあり、R&Bあり、トラップあり、全12曲に独立した音楽的アイデンティティを与えている。

こうした多様な表現も相俟って、背後に偉大な先輩たちの影を感じさせる曲が多々あるのも、このアルバムの面白いところだ。例えば、その昔のハリウッド映画音楽を想起させる「Strangers By Nature」はジュディ・ガーランド、クワイエット・ストーム調の「My Little Love」はシャーデー、「I Drink Wine」はキャロル・キング、「Hold On」はダスティ・スプリングフィールド──といった具合に、聴き慣れたあの声が思いがけないトーンを帯びている。

■新しい出会いを受けての胸の高まり

そういう意味で本作からは、スタジオでの音楽的実験を楽しみ、声と一緒に心の中から迷いや疑念を吐き出しながらこれらの曲をレコーディングした、アデルの高揚感や解放感がリアルに感じ取れるはず。そして波乱の時代に幕を引きながら、新しい出会いを受けての胸の高まりにも彼女は言及する。今までになくセンシュアルな表情を見せる「Can I Get It」然り、「Oh My God」然り……。その「Oh My God」で“私は大人の女/やりたいようにやる”と宣言するアデルに誰も異論を差し挟むことなどできないし、この満身創痍のアルバムを聴き終えた時には、思わず拍手喝采を贈りたくなるだろう。


リリース情報

2021.11.19 ON SALE
ALBUM『30』


アデル OFFICIAL SITE
https://www.sonymusic.co.jp/artist/adele/