THE F1RST TIMES

COLUMN

2022.07.27

八木海莉とアンサンブルの抑制の美学。『With ensemble』で感じた底知れぬ可能性

TEXT BY 原 典子

■純粋さと愁い、鋭さを持つ八木海莉

2002年生まれ、昨年12月デビューしたばかりのシンガーソングライター・八木海莉(やぎ かいり)。

小学生の頃から地元・広島のダンススクールに通い、「歌って踊れるアーティストになりたい」と夢を抱くようになった八木。中学卒業後はその夢を叶えるべく単身上京、アルバイトをしながら高校に通い、オーディションを受ける日々を送る。

そして、注目を集めるきっかけとなったのが、YouTubeにアップしたギターの弾き語り動画。ヨルシカ、iri、YOASOBI、きのこ帝国、RADWIMPSなど、様々なテイストの楽曲をカバーし、飾らない素のままで歌う動画からは、彼女のポテンシャルの高さが伝わってきた。

ここから2021年4月には、TVアニメ『Vivy -Fluorite Eyeʼs Song-』の主人公ヴィヴィの歌唱を担当。12月には八木海莉の名で「Ripe Aster」(TVアニメ『魔法科高校の劣等生 追憶編』主題歌)を配信リリースし、デビュー。2022年4月に発表した1st EP『水気を謳う』では全曲の作詞・作曲を担当。幅広い音楽性と自由な発想、たしかな歌唱力を持つシンガーソングライターとして、今後がますます期待されている。

今回の『With ensemble』に取り上げられた「僕らの永夜」は、今年6月にリリースされたばかりの新曲。

ストレイテナーのホリエアツシが作曲、歌詞を八木、アレンジを江口 亮が担当したソリッドなロックナンバーである。ホリエはこの曲について、「八木海莉さんの、儚げな純粋さと愁いを帯びた鋭さ、心が読めない不思議な表情を持つ声に魅せられ、この曲を作らせていただきました。(中略)たくさんの人がこの曲を聴いて、胸をかきむしるようなヒリついた焦燥感を感じてもらえたら嬉しいです。」というコメントを寄せているが、無垢で瑞々しい八木の声と、歪んだギター、トリッキーなドラムのコントラストが印象的な楽曲だ。

■ユニークな楽器編成と八木海莉の表現力

『With ensemble』のアレンジを手がけるのは、ジャズピアニスト/作曲家の梅井美咲。八木と同じ2002年生まれで、16歳の時にブルーノート東京で上原ひろみと共演するなど早くから才能を注目され、現在は音楽大学でクラッシックの作曲を学ぶいっぽう、ポピュラーからジャズまで様々なジャンルの作曲と演奏に取り組んでいる。

マリンバ、バイオリン、チェロ2本という非常にユニークな楽器編成による今回の『With ensemble』、まず一聴して耳を引き寄せられるのは、丸みを帯びたマリンバの音色である。現代音楽で使われることも多い楽器だが、Aメロのボーカルの合間にマリンバのミニマル的なフレーズが入ることで、曲全体のテイストがガラリと変わるのが面白い。4本のマレット(ばち)を駆使して超人的な演奏をしているのは、日本を代表するマリンバ奏者として幅広いフィールドで活躍するSINSKE。バイオリンの伊藤 彩、1stチェロのロビン・デュプイ、2ndチェロのグレイ理沙も、それぞれクラシックにとどまらない活動をしており、個性豊かなメンバーが揃ったアンサンブルとなった。

序盤はマリンバが細かいパッセージを繰り出し、弦楽器は縦のリズムを刻みながら細かいパッセージを挟みつつ、時に横へ伸びる持続音で楽曲に彩りを与える。原曲に比べれば音量も小さく、抑制のきいたアレンジでありながら、内にはらんだ緊張感が絶妙な効果を生んでいる。あえて表情を消したようにして歌っている八木のはりつめた瞳からも、今にも壊れそうな心の叫びが聞こえてくる。

“解って 僕の今を”で感情を解き放つサビでは、エモーショナル盛り上がる原曲に比べ、ここでもぐっと抑えたアレンジが、かえって心の内を浮き彫りにする。弦楽器ならではのしなやかな流線形を描くフレーズと豊かな響きが、傷ついた“僕”を優しく包み込むようだ。続く“視界が暮夜で染まる”からはじまるAメロでも、弦楽器の揺らぐようなトリルが、夕暮れから夜へと移ろう空の淡い色彩を映し出す。

“消えてしまえたら”のあと、“ああーーー”と歌う声にかぶせた間奏では、弦楽器がグリッサンドで上から下へと一気に落下するようなフレーズで深い絶望を表現しているかのよう。それだけに、間奏が終わる頃に差し込む一条の光がひときわ美しい。

マリンバとボーカルだけで展開する“応えて僕の意味を”というパートに続き、最後のサビでは弦楽器が入ってクライマックスへ。ほんの少しの期待に縋って、それでも生きていくという決意。その先にあるのは希望か絶望か、はたまた虚無か――。含みを孕んだようなアウトロが余韻を残して曲が終わる。

19歳の八木海莉は、この楽曲にどんな自分を投影して歌っていたのだろうか。

ただエモーショナルに盛り上がるだけではない、抑制の美学ともいえる今回の『With ensemble』を見事に歌い切った彼女の表現力に、底知れぬ可能性を感じたコラボレーションであった。


八木海莉 OFFICIAL SITE
https://yagikairi.com/#/

『With ensemble』
https://www.youtube.com/c/Withensemble

『THE FIRST TIMES』OFFICIAL YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCmm95wqa5BDKdpiXHUL1W6Q