THE FIRST TIMES
  • SEARCH

  • MENU

    • INTERVIEW インタビュー
    • COLUMN コラム
    • REPORT レポート
    • NEWS ニュース
    • THE FIRST TAKE ここでのルールは、ただ一つ。
      一発撮りのパフォーマンスをすること。
    • RING³ ここにあるのは、素の顔、素の声、素の感情だけ。
    • FUKA/BORI きっとあなたも、その深さを語りたくなる。
    • With ensemble アーティストとアンサンブルが出会って、
      いま、ここだけの音が生まれる。
    • MUSIClock
      with THE FIRST TIMES
    YouTube Instagram Twitter Twitter [NEWS] TikTok

    © THE FIRST TIMES

  • TOP
  • 新着記事
  • ランキング
  • INTERVIEW
  • THE FIRST TAKE
  • With ensemble
  • COLUMN
  • REPORT
  • NEWS

    2023.04.25

    ユトレヒトとは何者なのか。“孤”と“個”を囲む、輪郭線としての音楽

    • ユトレヒト
    • 小栁大輔
    • コラム
    ユトレヒトとは何者なのか。“孤”と“個”を囲む、輪郭線としての音楽
    Facebook Twitter LINE

    俯瞰音子、サウンドディレクター・Anonymity.からなる匿名音楽ユニット・ユトレヒトとは──。新曲発表を前に、「ぼくたちのおはなし」「Hex」の2曲から、その音楽を探る。

    CONTENTS目次

    • 匿名ゆえに、強烈に感じさせる“誰か”としての声
    • 地続きに聴こえる「ぼくたちのおはなし」「Hex」
    • 歌い、規定し、輪郭を与え、許容し、認めようとしているもの
    • 楽曲リンク

    ■匿名ゆえに、強烈に感じさせる“誰か”としての声

    最初は、何気なく聴いてみてほしいと言われただけだった。

    「ちょっと聴いてみてください。どう思いますか?」と言われ、本当にふと聴いてみただけだった。

    驚いた。これは一体誰の声なんだろうと、最初は思った。とても強く「私は“誰か”でいたい」と叫ぶような、身を削ることで吐き出されたような悲しいくらい決死の叫びだったからだ。

    と同時に、弾むように突き進んでいく性急なビートと、メロディというキャンパスいっぱいに詰め込まれた言葉と歌詞、そして、細かく微かに震え続ける歌を聴きながらこうも思ったのだった。

    「仮にこれが特定の“誰か”の歌声だったとして──そんなことはどうだっていいのではないか」と。

    そう、この声は間違いなく“誰か”のものである。だが、“誰か”のものであるのと同じくらい厳然と、これは“誰のものでもない”叫びなのだとも思う。

    ユトレヒトは誰でもない。だからこそ、この叫びは、僕の、あなたの、あるいは、まだこの声も存在も知らぬ、今僕たちの隣でなんとか生き延びようとしている“誰か”のための叫びでもあるのではないか。ユトレヒトという“匿名”の存在が、その匿名ゆえに、強烈に感じさせる“誰か”としての声。その裏腹な、あけすけな生と肯定への欲求が、僕の心を一聴してとらえて離さなかった。

    ■地続きに聴こえる「ぼくたちのおはなし」「Hex」

    今、僕たちが聴くことができるユトレヒトの楽曲は、「ぼくたちのおはなし」「Hex」の2曲である。

    この2曲は、僕の耳には地続きの歌であるように聴こえる。

    「ぼくたちのおはなし」では、“争い 戦い 奪い合ってもさ/壊れなかったこの世界で/これはいつかどこか遠くでの”“いつか終わる瞬間に 生き損じてないと笑いたい/この地獄は ぼくらの願い”と歌い、「Hex」ではこうして暴かれた地獄のようなこの世界の果てで、“愛に決まりは必要なんですか/理由が入用なんですか/誰だっていい 私を見ていてほしい”と、こんな叫びが歌われることになる。

    世界の本質を見つめ、引きずり出し、そしてその中でいずれ終わっていくことを知りながら、“自分”とは、“生きる”とは、“誰か”とは何かを知りたいと、身体を震わせ、決死の覚悟で叫んでいる。

    ユトレヒトとは、そんな虚実なき、悲しいほどに剥き身の存在なのだと思う。この軋んだ時代の真ん中に不意に産み落とされてしまった生贄のような存在だな、とも思う。

    ■歌い、規定し、輪郭を与え、許容し、認めようとしているもの

    もう少しだけ、ユトレヒトの音楽に言葉を与えていくならば、ユトレヒトの音楽世界にあるものは、無数の“個”を“孤”として見つめるシビアで残酷で、あまりに嘘のない視点。そして、そのうえで、そんな無数の“孤”を巨大な円環で包み、彼らが生きる場所としての輪郭線を与えるような、俯瞰的でどこか神話的とも言える許容である。

    重要なのは、そのあり方には、このやるせない日々を今日もひとり生きる“あなた”と同じ苦しみと悲しみを背負っている“誰か”としてのリアルな息遣いが内包されているということだ。

    そう、繰り返すが、ユトレヒトとは“誰でもない”匿名の存在として世界を見つめながら、同時に、あなたと同じようにこの苦しい時代のなかで生き、決死の覚悟で日々を生きながらえている、どうしようもないくらいに孤独な“誰か”のことである。だから、今日もあなたの隣にある孤独、そのすべての“孤”こそがユトレヒトが歌い、規定し、輪郭を与え、許容し、認めようとしているものなのではないか。そんなふうにも僕には思える。

    あるとき、池袋の繁華街、その雑然とした街中で、「Hex」が流れた。

    なんて実際的で、体験的な時間なんだろうと思った。耳にあの細かく震え続ける“孤”の歌が飛び込んできた瞬間、雑踏を埋め尽くすノイズと不揃いに押し寄せる靴音が消え、自分の周りに強烈な輪郭が生まれたような気が――間違いなく、そのとき、僕には、したのである。

    誰もが、誰でもない誰かとして生きる世界のなかで、強烈に感じさせる“孤”としての存在感。そして、そのなかで生きていかなくてはいけない“個”として模索し続ける、「自分とは誰なんだろう」という自問自答。そのすべてが、等しく結ばれ、肯定されたような気が、そのとき、たしかに、した。

    であるならば、そんな小さな、だが確かな体験が今、この世界のあらゆる片隅で、日々生まれていてほしい。そうであってほしいと切に願う。

    ユトレヒト──。この匿名の“誰か”が叫ぶ孤独な求愛は、これから何を暴き、見つめ、抱きしめていくのだろう。ただひとりの“誰か”として、その歩みを見続けていたいと思う。

    TEXT BY 小栁大輔

    ■楽曲リンク


    ユトレヒト OFFICIAL SITE
    https://utrecht-artist.jp/

    • ユトレヒト
    • 小栁大輔
    • コラム
    Facebook Twitter LINE
    • TOP
    • COLUMN
    • ユトレヒトとは何者なのか。“孤”と“個”を囲む、輪郭線としての音楽
THE FIRST TIMES
YouTube Instagram Twitter Twitter News TikTok
ABOUT

JASRAC許諾第9033232001Y38029号
NexTone許諾番号:ID000007929
NexTone許諾番号:ID000007930

© THE FIRST TIMES