THE F1RST TIMES

INTERVIEW

2021.10.01

注目の新世代クリエイター、くじらに迫る。「悪者」発表の今に至る、彼の音楽原体験について

今、“最も時代に求められている”クリエイター、くじらとは何者か?
2019年4月にボカロPとして音楽活動をスタート。ボーカロイドを用いた楽曲に加え、yama「春を告げる」の作詞作曲とプロデュースで一躍注目を集め、最近ではSixTONESやDISH//への楽曲提供を手がけるなど、活躍の場を広げている。
8月には自らが歌唱した“くじら”名義の新曲「悪者」を発表。9月には歌い手・相沢が歌唱を担当した「悪者 feat.相沢」の配信リリースや、両バージョンのMVも公開。さらにカツセマサヒコによる小説を収録したCDも10月6日に発売される。
様々な角度からくじらのアーティスト性を解き明かすインタビュー特集の第1回。まずは子供時代の音楽のルーツから現在に至るまでのヒストリーを辿った。

INTERVIEW & TEXT BY 柴那典

■人生を変えられた衝撃──ボーカロイドとの出会い

──くじらさんが音楽を始めたきっかけは?

小学生の頃はAKB48さんとか嵐さんが流行っている時代で、いろいろ広く浅く聴いていた感じでした。その頃『週刊少年ジャンプ』(集英社)を読み始めたんですが、そこでいろんな漫画を読んでいた中に『こち亀』(『こちら葛飾区亀有公園前派出所』)があって。保可炉衣土(ほかろいと)という、ボーカロイドのように喋り、カラオケでもいつも100点みたいなキャラクターが出てくるんです。そのときは初音ミクに対しての知識もなかったんで、そのキャラクターの意味がまったくわからなかったんですよ。なので、これはいい機会だし、調べてみようかなと思いつつ、うちの母に見つかったら「あんた何調べてんの!?」と言われそうだから(笑)、こっそりパソコンでYouTubeに“ミク”とワードを入れたら、「初音ミクの消失」を見つけて。それを初めて聴いた瞬間に“世の中にはこんな音楽があるんだ!”と衝撃を受けて。すぐに「千本桜」と「みくみくにしてあげる♪【してやんよ】」を聴いて“これはすごい!”と思いました。そこから今に至るまでボーカロイドをずっと聴き続けていますね。

──ボカロとの出会いの衝撃が大きかった。

大きかった。あれ以上に人生を変えられた衝撃はないと思います。

──「初音ミクの消失」に出会ったのはいつ頃?

小学生のときなので、11歳とか12歳の頃に出会いました。

──「千本桜」とかもちょうど盛り上がっていた頃ですか?

そうなんですよ! やばいコンテンツがちょうど出たときに観たので、昔から聴いているという自負はあります。

■コンテンツとしての面白さ、インパクトに刺激を受けて

──ボーカロイドのどういったところに面白さを感じたんでしょう?

まずはコンテンツとしての面白さですね。素晴らしいコンテンツがあったことがいちばん大きいです。例えばバンドだったら曲を作る人とボーカルが一緒だったりするけど、初音ミクだったら、ひとりのボーカルに対していろんな人が曲を作っている状態じゃないですか。なので、いろんな曲調があるし、いろんな初音ミクの使い方をしている人がいる。そういうのがまずは面白かったのかなと思います。そのあと「歌ってみた」という文化を知って。「歌ってみた」や「弾いてみた」も面白いなと思いつつ、ボーカロイドP、つまり曲を作っている人に対する興味が出てきたんです。ちょうどその興味が出てくるタイミングくらいにバンドを組んだりしたので、楽器への知識が少しずつ深まっていくところで“この曲は誰がどういうふうに書いているんだろう”とか“この人はどういう人なんだろう”と惹かれていって。そこから自分も“ボカロで曲を作りたい”と思うようになっていきました。

──カゲロウプロジェクトもその頃盛り上がっていたと思うんですが、どうでしょう?

めちゃめちゃハマってました。今でも夏になるとカゲプロを聴かずにはいられないくらい、鬼のように青春で、人生の中でも大きくハマったプロジェクトです。“時代って今こうなんだ!”と思った瞬間が一個あって。中高のとき学校に食堂があったんですけど、お昼休みにみんながライブDVDを持ってきてそこのモニターで流したりしてたんです。ある日、嵐のコンサート映像がまず流れて、何人か女の子たちが沸いていて。次にカゲプロの「カゲロウデイズ」のMVが流れたら、みんながワーっとなって大合唱が始まったんですよ。そのときに“時代が来た!”と思って。それまでコソコソとやっていたものがカゲロウプロジェクトで一気に認知度が上がった。それはひとつの大きなインパクトだったし、そういう経験もあって、カゲプロに対しての思い入れは強いですね。

──音楽だけでなく、マルチメディア的に広がっていくというところにも惹かれた?

そうですね。カゲロウプロジェクトはいろんなキャラクターがいて、それぞれに能力があって、キャラクターソングがあって、それが小説になって、というもので。それこそ、カゲプロのキャラクターの服を買って、コスプレみたいなことを家でしてました(笑)。

──実は、2013年頃にカゲロウプロジェクトの作者のじんさんにインタビューをしたことがあるんです。そのときに「大人には馬鹿にされるかもしれないけど、自分としては、小学生や中学生に爆弾を渡しているつもりでやっている」とおっしゃっていたのを覚えていて。その爆弾をくじらさんは受け取っていたということですよね。

まさにそうですね。受け取り倒してます。

■ベーシストとしての活動を経て、音楽を科学して、くじらになる

──そこから作り手側にまわって、“くじら”としての活動を始めるようになったのはどういう経緯だったんですか?

もともとは歌が好きだったので、歌をやりたかったんだけど、歌はヘタだなと思って。中学生のときにベースを始めてバンドをやるようになりました。ベース&ボーカルだったんですけど、コンテストに出るのにオリジナル曲を作らなくてはいけなくて。DTM(デスクトップミュージック)は知っていたので、パソコンで曲を作ろうと思ったんですね。でも、曲の作り方も知らないからコード進行を調べて、出てきた和音をピアノロールに貼って曲を作るところから始まっていきました。そのうちベースの技術も上達してきたんで、ベーシストとしてご飯を食べていきたいと思って、ベースの「弾いてみた」の動画を投稿したりしていたんですけど、やっぱりベースでご飯を食べていくのは難しそうだなと思い、一回音楽から離れたんです。その後に、DTMで曲をいっぱい作ろうと思うことがあって、再び音楽を作り始めたんですが、作っていくうちに、ボーカロイドに育てられ、助けられてきたから、このフィールドでやりたいと思うようになっていきました。今でこそボーカロイドって公の場で話せますけど、カゲプロがあった当時でもカゲプロは知ってるけど、それ以上掘り下げないみたいな風潮だったんですよね。だからこそ誰も知らない、めっちゃいい曲を見つけたときの衝撃があった。鬱々とした気持ちで学校に行く途中の電車の中で、曲を見つけて爆泣きして“今日も頑張ろう”みたいな気持ちになってほしい。自分も中高生の頃そうだったので、同じように影響を与えたいし、そうなってくれたらいいなという気持ちで、くじらの活動を始めました。

──バンド活動をしていた時期にはボカロ以外にも聴く音楽が広がっていきましたか?

バンドはいくつかやっていたんですけど、ギター&ボーカルがいてベースだったときは、ギター&ボーカルがASIAN KUNG-FU GENERATIONで音楽に入ったような、根っからのJ-ROCK大好き人間だったので、そこでいっぱい教えてもらったりしました。僕はボカロしか聴いてこなかったし、その子はJ-ROCKしか聴いてこなかったのに、なぜか曲の趣味がすごく合ったので、お互いにいいものを共有したりしていましたね。あとは、ベーシストとしてヴィクター・ウッテンとかマーカス・ミラーを練習したりしていたので、バンドを始めたり、楽器を始めたりする段階でいろんな曲を聴くようになりました。

──曲を作り始めるようになってから、ただ好きなだけじゃなく、より解像度高く音楽を聴くような意識になっていったりもしたんじゃないかと思うんですが、そのあたりはどうですか?

ボーカロイドにハマっていた頃は楽しく音楽を聴いていただけだったんですが、自分で曲を作ろうと思って手当たり次第にやってみても、全然好きな曲に近づけなかったんです。その違いはなんなんだろうと思ったり、めっちゃ好きな曲には、明確に好きな部分、ゾクッとする部分があるから好きなんだと思ったりするようになってから、意識的に曲を聴くようになりました。“あ、この音があるからゾクッとするんだ”“その音ってなんていう音なんだろう?”“へえ、ウインドチャイムって音なんだ”“じゃあ使ってみよう”とか、“ここでブレイクするからいいのか”とか“Aメロからそのままサビにいって間奏もイントロに戻らないでソロ、みたいなことをしてるのか”とか、鳴ってる音や構成とか、“クオリティの高い曲とは何か?”ということを自分で科学していくなかで、意識的にそういうことをするようになっていった感じです。

■過去の自分を重ねて寄り添える音楽を目指す

──その頃にリスペクトしていたボカロPにはどんな方がいましたか?

いちばん好きなアーティストはキタニタツヤさんです。当時は“こんにちは谷田さん”という名義で活動されていました。僕はダークな曲が苦手というか、作れないんですよ。でも、キタニさんとか、それこそ今は米津玄師さんとして活動されているハチさんとか、「うっせぇわ」のsyudouさんとか、柊キライさんとか、そういうダークな曲を作る系譜があって。それこそじんさんも同じ系譜だと思うんですけど、自分もそういうものは好きで作りたいけど、なかなか作れないと思っていたんですね。そのときに、「帝国少女」という曲を作ってるR Sound Designさんに出会って“めっちゃ好き”ってなったんですよ。楽器も少ないし、こういう系統でやりたいと思った。ダークなところでさっき挙げた方々と戦うのは難しいけど、オシャレな曲も好きだし、その方向性だったら2019年の頃はまだ競合がいなかったんで、ここなら勝っていけるんじゃないかと思って。自分の方向性を決めるときの参考にさせてもらいました。

──2019年に「アルカホリック・ランデヴー」を最初に投稿していますが、その時点でどんな方向性をイメージしていましたか?

曲の話と“くじら”自体のコンセプトを分けてお話しします。曲としては、最初にクオリティの高いものが全然できなくて悩んでいたんですが、音数を少なくして、ひとつひとつの音のクオリティを上げて、引き算でやっていったらいいんじゃないかと気づいて。10トラック以下で作ったのが、「アルカホリック・ランデヴー」でした。くじらのコンセプトとしては、大学生のときに飲み会でバーっとみんなと飲んで、そのときはすごく楽しいんだけど、「じゃあね、またね」と別れた帰りの電車の中で、虚無感というか、寂しい気持ちに襲われることが多くて。“自分は何者でもないし、楽しいけど将来どうなるんだろう…”みたいな。そういう気持ちに寄り添ってくれる音楽を聴きたいんだけど、自分が知るかぎり、そういうものが見当たらないな、と思って。じゃあ、自分で作っちゃおうと。寂しくて誰にも自分を理解してもらえないと思っている人、この気持ちは自分だけかもしれないみたいな人に対して、“元気出せよ”ということではなく“こういう人間もいるよ”ということをメッセージにしたい。くじらの曲は全部そういう内容になっていますね。

──2019年11月には「ねむるまちfeat.yama」を発表していますが、yamaさんとの出会いは?

yamaさんがBINという活動をしている中に「チルドレン」という曲があって、それを聴いたときに“この人、歌うますぎ! めちゃくちゃ好き! こんな人が世の中にいるんだ!”と衝撃を受けました。まだ全然知られてなかったんですけど、他とは格が違うように感じて、そこから好きで聴いていました。「ねむるまち」をボカロで作って聴き返しているときに、勝手にメロがyamaさんの歌声で頭の中で再生されてしまって、“めっちゃいいじゃん!”と思ったんですよ。「歌ってみた」を期待したいけど、“絶対にこの曲をyamaさんの声で聴きたい”と我慢できなくなってしまい。最良の「歌ってみた」を先に世に出したいと。だったら、フィーチャリングという形があるし、それが自分がやりたいことに近いなと感じたので、yamaさんにそのことをDMでお話させていただいて。そしたら「すごくいい曲ですね。いいですよ」と二つ返事で受けていただいて。そこからやりとりは全部DMで完成しました。

──2019年12月には「金木犀 feat. Ado」を発表しています。Adoさんとも同じような感じで作っていったんでしょうか?

そうですね。でも、「ねむるまち」は、作っている最中にyamaさんの声で脳内再生されたのでデモ段階で声をかけたんですけど、それは「ねむるまち」という曲が先に出ていて、それを聴いてくれた人たちはすでにボーカロイド版を聴いているから、新しいバージョンとして“この曲にこんな顔があるんだよ”という側面を出した感じでした。「ねむるまち」がいろんな人に聴いてもらえるきっかけにはなりましたけど、yamaさんをフィーチャリングしたバラードを続けて出していくのはつまらないから、反対にめちゃくちゃポップなものをやってやろうと思ったんです。それで「金木犀」が出来てボーカロイドで出そうと思っていたときに、たまたまAdoちゃんを見つけて“これだ!”と。最初はやりたい人がいたらフィーチャリングをやろうくらいの気持ちだったけど、Adoちゃんを見つけて完璧に“この声だ”と思ったので、ネット上で声をかけさせてもらって、そこからはyamaさんと同じようなやりとりですね。

──そのあとにyamaさんの「春を告げる」が発表されて、そこから現在に至るまでの1年半でくじらさんを巡る状況は大きく変わったと思います。その変化はどう受け止めていますか。

第一に、非常にありがたいなと思います。たくさんの人に聴いていただけて、自分の生活ができているし、サポートしてくださる人もいて。その状況はすごくありがたい。yamaさんやAdoさんに関しても、そもそも歌がうまい方にお願いできて、たまたま話題になれて。そこからありがたいことにお話をいただいて本気で曲を作って。yamaさんが今のところまでいかれたのはご自身のお力だと思うし、僕としてはお力添えをさせていただけてうれしいですという気持ちです。自分はサラリーマンには向いてないと思っていたんで、音楽で生活をするというのはどういうことだろうということを科学してから始めたんです。突発的に一発売れて生活できるようになったら非常に脆いし、同じような曲しか作れなくなって音楽を辞めるんだろうなと思っていたので、あらかじめ、いろんな人の需要に耐えうるようなシステムを作ったうえで曲を作っていこうと思ってやってきた。だから、今、生活ができるようになって、考え方は正しかったんだ、良かったという感じです。

──『ねむるまち』や『寝れない夜にカーテンをあけて』というこれまでのアルバムのタイトルを見ても、“夜”や“孤独”が作品のモチーフになっていることが多いと思うんですが、最初のコンセプトから変わらずに貫いてきたものは?

自分のコンセプトには“日々”と“無常感”というものが強くあります。“夜”ということでいうと、一日が始まって終わって、また同じような一日が始まっていく。“これを何回続ければいいんだろう”と思う瞬間が誰しもにあると思っていて。そういうものの区切りとして夜がある。ひとりになることも多いし、しんどいなと思う人も多いので、“しんどいのはあなただけじゃないよ”というのを、日記のような感じで言っていることもあります。“頑張れよ”って言葉って、ひねくれた考え方でいうと、無責任な言葉だなと思っていて。これ以上頑張れないときに“頑張れよ”って言われたら“ここからまだ?”という気持ちになるので、自分は誰かに“頑張れよ”という言葉がうまく使えないんですよ。”頑張れよ”で勇気を与えてくれる作品は世の中には他にもうたくさんあるから、昼間に聴くようなそういう曲より、夜にひとりでいるときに、誰かがそばにいてくれるような、独り言を聴いてくれるような、僕の作るものはそんな曲になったらいいなと思っています。だから“夜”というものが多いんじゃないでしょうか。

■言葉にしたくてもできない言葉を、言葉にする

──曲を作るときは曲先? 詞先? どちらですか?

詞先です。歌詞を最初に書きます。生活しているなかで、今思っていることがうまく言葉にできたり、いい言葉に巡り合ったときにメモしたりしています。状況が特殊な出来事だったとしても、その情景を一歩引いて書いたら普遍的なことにも繋がるような言葉というか。それはみんなが言葉にしたくてもできないような言葉で、それが“言葉になった”という瞬間にメモに書いておいて、曲を作ろうと思ったらそこから引っ張り出して書くのが8割くらいですかね。2割は、メロと一緒に詞が出てきて、頭から終わりまで書いて曲が完成するパターンです。「金木犀」「ねむるまち」とか「悪者」はこの類で、メロと一緒に詞が出てきて一気に書き上げました。最近はお仕事とかで先に指定をいただいたときはあらかじめトラックを作ることもありますけど、レアケースです。

──くじらさんは、ローファイ、チルっぽいものを中心に作風、曲調の幅があると思うんですが、この広がりはどういうふうに?

もともと、音楽をやっていこうと思ったときに“ローファイヒップホップ”や“チルポップ”と呼ばれるものと“カワイイフューチャーベース”と呼ばれている音楽を掛け合わせたいと考えていました。なので、ローファイ側にも寄れるし、カワイイ側にも寄れる。使っている音はそんなに変わってないんですけど、どちらの音もローなのにもハイなのにも耐えられる音色ばかりなので。

──最初の時点で振れ幅を用意していたということなんですね。

あとは、自分が精神的に沈んでいるときと上がっているときと躁鬱の波が激しいので、どっちの状態で曲を作るかということになるんですね。落ちているときはローの曲を、ハイのときはハイの曲を作ればいいというのもあります。

■相沢とやりたくて生まれた「悪者」。ここから描くステージ

──新曲の「悪者」は、ギターサウンドも含め、曲調としても新たな広がりが生まれているように思うんですが、このあたりは?

「悪者」は、もともと相沢と曲をやりたくて作った曲なんです。いつもとコード進行を変えて作ってみたので、編曲パターンがうまくはまらなくて。けど、すごく新しいものができる予感があったので、ある程度まで自分が編曲をして、そこから先の録音はお願いしようと思っていました。こういう曲にしたいというイメージは明確にあったし、関口シンゴさんにお願いをしたらこの曲が最高になると思ったので。ギターサウンドをメインにしつつ、今までのくじら感を出していけたらなというコンセプトで作りました。

──楽曲提供も増え、「悪者」で、くじらさんのアーティスト活動が新たなステージに立った印象があるのですが、ご自身としては今どんな想いですか。

サポートしてくださる方も増えたし、曲の作り方もわかってきて、やりたいと思っていたものがようやく形にできるようになってきました。そもそも人に何かを任せることが苦手だったんですが、A&Rやマネージャーさんにお手伝いをいただいて、僕は曲を作ることに専念できる。これからは自分が思いついたものをもっと大きな規模でやれるようになっていくだろうと思います。楽しみですね。


プロフィール

くじら
2019年4月1日に活動を開始。作詞・作曲・編曲すべてを務め、ボーカロイド作品や、yamaやAdoなどのボーカルフィーチャリング作品をはじめ、楽曲提供など精力的に創作活動を行う。2019年7月にボーカロイドアルバム『ねむるまち』、2020年10月にフィーチャリング&ボーカロイドアルバム『寝れない夜にカーテンをあけて』を発表。新世代クリエイターとして高い注目を集めている。


リリース情報

2021.08.13 ON SALE
DIGITAL SINGLE「悪者」

2021.09.15 ON SALE
DIGITAL SINGLE「悪者 feat. 相沢」

2021.10.06 ON SALE
CD +カツセマサヒコ書下ろし小説「悪者」

完全生産限定盤

通常盤


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