今年初開催された日本最大規模の国際音楽賞『MUSIC AWARDS JAPAN』で『最優秀国内オルタナティブアーティスト賞』と『最優秀国内オルタナティブ楽曲賞(「more than words」)』の2部門を獲得し、バンドシーンの枠組みを超え、J-POPの最前線に躍り出た羊文学。
10月8日に5作目のオリジナルアルバム『D o n’ t L a u g h I t O f f』を発表し、その翌日と翌々日にはアジアツアーのファイナルとして、日本武道館での2デイズを成功させたが、息つく暇なく10月15日からは初のヨーロッパツアーがスタートし、10月24日のロンドン公演でようやく長旅に一区切りついた感がある。
年末にかけてもライブは続き、12月19日と25日には恒例となっているクリスマスライブ『まほうがつかえる』も控えているが、このタイミングで改めて『D o n’ t L a u g h I t O f f』という作品の魅力について深掘りをしてみたい。
■バンドサウンドの追求とバンドサウンドからの解放
『D o n’ t L a u g h I t O f f』の音楽的な特徴は“バンドサウンドの追求と、バンドサウンドからの解放が同時に行われていること”であるように思う。
TVアニメ『【推しの子】』の主題歌となった「Burning」では過去最大級の歪みを鳴らし、ジャンル的な意味での“オルタナ”をさらに突き詰める姿勢を見せたいっぽう、前作『12 hugs(like butterflies)』で“バンドメンバー3人の音だけで作り上げる”というこれまでの方針に一旦区切りをつけ、「tears」にはチェリストの林田順平を招き、「未来地図2025」ではビートメイクに大井一彌を招くなど、外部とのコラボレーションによる新たな作風を模索。
曲調やサウンドのバラエティはこれまでになく広がっている。
▼「Burning」
■塩塚モエカの日記を読んでいるようなアルバム
言葉の面での特徴は“この2年の活動の中で書かれた塩塚モエカの日記を読んでいるような、ドキュメント性の高さ”が挙げられる。
外部とのコラボが増えたのはドラムのフクダヒロアの休養も関係しているかもしれないが、バンドは元CHAIのYUNAをサポートに迎えてライブを続行し、この2年間は断続的に国内外でのツアーを続けてきた。
先日の日本武道館のライブで河西ゆりかが「今回のアルバムは嬉しいこととかだけじゃなくて、この2年間のいろんな気持ちが入ってて、そういうアルバムだから、ぜひ聴いてほしいです」と話していたように、アルバムには激動の日々の中で感じた不安や迷いが日記のように生々しく綴られている。もちろん、タイアップ用に書き下ろされた曲も多いし、主人公を設定して、その人をイメージして歌詞が書かれていることも多いが、塩塚自身の気持ちが反映されている部分も多分にあると言っていいだろう。
そんなアルバムを象徴するのが、1曲目に置かれた「そのとき」だ。
前半は塩塚がMIDIで打ち込んだミニマルなピアノのフレーズと歌のみで進行し、《どうか その呪いが終わるように 悲しみさえ踊るように》と内省的な心境を吐露しつつ、途中から重厚なバンドサウンドが加わって、《あの切れ間にもう少しで日が昇る この海に光が差す》と、暗闇の先にある希望を歌う。
この曲は各曲で綴られた主人公たちへのエールであり、塩塚自身の背中を押すとともに、聴き手の背中も押す一曲であって、まさにアルバムのオープニングに相応しい。なお、この曲は日本武道館でも1曲目に演奏されていて、これまで同期を使ってこなかった羊文学が、同期を使ったこの曲でライブをスタートさせたことも、新たなタームの始まりを印象付けていた。
アルバム前半の「いとおしい日々」、「Feel」、「doll」といった楽曲ではこれまでの路線を受け継いだバンドサウンドが追求されていて、コーラスの使い方にらしさを感じる「Feel」もいいし、割合的には“歌”にフォーカスした曲も多いなか、シューゲイズポップな「doll」に「Burning」以降の攻めた姿勢を感じる。
しかし、前作からの変化という意味ではやはり外部からミュージシャンを招いた楽曲がより印象的で、チェロに加えて河西のヴァイオリンベースが繊細な印象を与える「tears」が、アコギを用いた「声」とともにオーガニックな空気をアルバムに与えているいっぽう、ビートメイクを駆使した「未来地図2025」こそが本作における大きな達成だと感じる。
yahyel、DATS、QUBITなどに所属しながら、サポートでも多数のアーティストに関わるドラマー/トラックメーカーの大井を迎え、前半はエレクトロニカ風のビートとピアノがクリアな音像を作り上げつつ、途中からバンドのアンサンブルが加わると、後半には記名性の強いファズギターも登場して、スケールの大きなサウンドが鳴り響く。
『our hope』に収録の「OOPARTS」でNo Busesの近藤大彗のソロ=Cwondoに影響を受け、初めてシンセを取り入れて2000年代風のサウンドを目指し、その延長線上に「more than words」があると言っていいと思うのだが、この頃からバンドがキーワードとして挙げていたのがSUPERCARだった。
「未来地図2025」のクリアな音像とバンドサウンドの同居はまさにSUPERCARが2000年に発表した名作『Futurama』を連想させる部分があり、タイトルにリンクする要素があるのも嬉しい偶然。《どんな苦しい夜も越えてゆけるように 祈り続けている》という歌詞からしても、“これぞ羊文学”という一曲だ。
▼羊文学 – いとおしい日々 [Live] Hitsujibungaku Asia Tour 2025″いま、ここ (Right now, right here.)” at 日本武道館
▼「未来地図2025」
“日記/ドキュメントのような作品”という意味で象徴的なのは中盤に置かれた「春の嵐」、「愛について」、「cure」という3曲の流れ。
「春の嵐」はノンタイアップながら今年の6月に配信リリースされていて、《まあいっかなんて笑って 片付けたつもりでずっと 心の奥深く、息を潜めてまだ残ってる わたしはそれを取り出して 涙でまた水をやって ありがとうって抱きしめてやる そこからもう一度生きてく》というラインがなんとも感動的であり、武道館ではアンコールでこの曲が披露されたことも強く印象に残っている。
さらに、《君は「嘘が苦手」って言ってる割に 隠したいこと、笑顔で誤魔化す癖があるのを知っているよ》《ちゃんと見ているから 自由になればいいと思う》と歌われる「愛について」は「春の嵐」のアンサーソングのようで、言葉にならない想いが溢れる長尺のアウトロは実にエモーショナル。
『D o n’ t L a u g h I t O f f』=「笑って誤魔化さないで」というタイトルは、この2曲が直接的なインスピレーション源になっているのだろう。
大事な他者の存在を歌う「愛について」の後で、《君がいなくても 大丈夫っていわせて もっと生きなくっちゃね》と締め括られる「cure」はもともと弾き語り用に作っていたそうで、「春の嵐」と「愛について」も含め、弾き語りに伴奏をつけたようなシンプルなアレンジが、これらの曲のドキュメント性をより強めてもいる。
▼「春の嵐」
「cure」以降の楽曲では「未来」について歌われていて、《綻び出す世界を見つめてたその目は どんな未来を美しいと思っているのか》と歌う「tears」、《確かな顔した未来の予想が 掴んだ手を振り払って 走る》と歌う「ランナー」を経て、「未来地図2025」に辿り着く流れもいいし、アルバムのエンディングテーマ的な「Burning」が《この気持ちは誰にも言えない》で終わった後に、隠しトラック的な位置付けで、歌詞が非公開の「don’t laugh it off anymore」へと続く流れも秀逸。
「タイアップ曲が多いとアルバムとしては散漫になる」という見方もあるが、本作に関しては結果的にそれがアルバムとしての幅を生み、なおかつ「これしかない」というような流れのある曲順を見出したことで、高い完成度のアート作品に結実したと言えるだろう。
最後に今後の展望を書かせてもらうと、現在の彼女たちは「Burning」〜「doll」の流れを汲む歪んだギターをフィーチャーしたオルタナティブ・ロック路線と、「OOPARTS」から「more than words」、そして「未来地図2025」と続くエレクトロニックな路線と、そのどちらにも進んでいける状態だと言える。
羊文学が日本の音楽シーンのなかで存在感を増すとともに、ライブハウスでは新たなオルタナシーンが形成され、若手の有望株が続々と現れているなかで、その先駆者としての決定打を聴いてみたい気もするし、塩塚が以前からエレクトロニックミュージックへの愛情を語っていることを思えば、その路線をより突き詰めた作品を聴いてみたいとも思う。もちろん、いずれはその両方を高いレベルで掛け合わせた作品も聴いてみたい。
『D o n’ t L a u g h I t O f f』を作り終えたことで、今の彼女たちは文字通り、輝かしい未来への地図を手にしている。
TEXT BY 金子厚武
■リリース情報
5th Full Album 『D o n’ t L a u g h I t O f f』
https://fcls.lnk.to/htjbngk_DLIO
◎形態(全3形態)
通常盤[CD]
価格:3,850円(税込み)
CD:5th Album『D o n’ t L a u g h I t O f f』
初回限定盤 [CD+Blu-ray]
価格:6,600円(税込み)
CD:5th Album『D o n’ t L a u g h I t O f f』
Blu-ray:「FUJI ROCK FESTIVAL’23」
完全生産限定盤 [CD+Blu-ray+Goods]
価格:8,800円(税込み)
CD:5th Album『D o n’ t L a u g h I t O f f』
Blu-ray:「Hitsujibungaku US West Coast Tour 2025」 Documentary
Goods:『D o n’ t L a u g h I t O f f』オリジナルひつじちゃんぬいぐるみキーホルダー
※映像内容は初回盤の収録映像と異なります。
[収録曲] (全13曲)
1.そのとき
2.いとおしい日々(ブルボン オリジナルビスケットシリーズTVCM タイアップ楽曲)
3.Feel(TVアニメ『サイレント・ウィッチ沈黙の魔女の隠しごと』OP主題歌)
4.doll
5.声(フジテレビ系月9ドラマ『119エマージェンシーコール』主題歌)
6.春の嵐
7.愛について
8.cure
9.tears(映画『かくしごと』主題歌)
10.ランナー
11.未来地図2025(TAKANAWAGATEWAYCITY未来体験シアターオリジナル楽曲)
12.Burning(TVアニメ『【推しの子】』第二期ED主題歌)
13.don’t laugh it off anymore
■公演情報
【まほうがつかえる2025】
12月19日(金)
東京・LINE CUBE SHIBUYA
OPEN 18:00 / START 19:00
全席指定:前売6,500円(税込み)
問い合わせ先:ホットスタッフ 03-5720-9999 https://www.red-hot.ne.jp
12月25日(木)
大阪・フェスティバルホール
OPEN 18:00 / START 19:00
全席指定:前売6,500円(税込み)
問い合わせ先:清水音泉 06-6357-3666 https://www.shimizuonsen.com
企画 / 制作:株式会社次世代 / SMASH CORPORATION
協力 F.C.L.S.
総合問い合わせ先:スマッシュ 03-3444-6751 https://www.smash-jpn.com
【羊文学「SPRING TOUR 2026」】
2026年2月24日(火)
神奈川・KT Zepp Yokohama
OPEN 18:00 START 19:00
1F スタンディング:¥6,500(税込み)
2F 指定席 :¥7,500(税込み)
問い合わせ先:スマッシュ 03-3444-6751 https://smash-jpn.com
2026年3月1日(日)
宮城・SENDAI GIGS
OPEN 17:00 START 18:00
1F スタンディング:¥6,500(税込み)
2F 指定席 :¥7,500(税込み)
問い合わせ先:ノースロードミュージック 022-256-1000 https://www.north-road.co.jp/
2026年3月5日(木)
福岡・Zepp Fukuoka
OPEN 18:00 START 19:00
1F スタンディング:¥6,500(税込み)
2F 指定席 :¥7,500(税込み)
問い合わせ先:キョードー西日本 0570-09-2424 https://www.kyodo-west.co.jp/main.php
2026年3月10日(火)
愛知・Zepp Nagoya
OPEN 18:00 START 19:00
1F スタンディング:¥6,500(税込み)
2F 指定席 :¥7,500(税込み)
問い合わせ先:ジェイルハウス 052-936-6041 https://www.jailhouse.jp/
2026年3月19日(木)
北海道・Zepp Sapporo
OPEN 18:00 START 19:00
1F スタンディング:¥6,500(税込み)
2F 指定席 :¥7,500(税込み)
問い合わせ先:SMASH EAST 011-261-5569 https://www.smash-jpn.com/