CVLTE(カルト)が、3rdアルバム『PHOBIA SYNDROME』を、2025年12月3日のデジタルリリースに続き、1月21日にCDリリース。このたび、バンドサウンドとデジタルサウンドの融合がさらに推し進められた本作を、楽曲単位で深掘るファン必読のインタビューが到着した。「今までより圧倒的に自分の感情をそのまま歌う曲が増えた」と語るボーカル、aviel kaei。アルバムの解像度が上がること必至の発言の数々に注目だ。
■大きい音が苦手
――『PHOBIA SYNDROME』というタイトルのとおり、ご自身が生きていくうえで抱えている恐怖や不安が洗いざらい吐き出されている作品だと感じました。そもそも世界に対する居心地の悪さや怯えを音楽にしてきたバンドだとは思うんですが、その命題がかつてなく生々しくストレートにスピットされている楽曲が多いんじゃないかなと。どんな気持ちで作り始めて、実際にどんな作品になったと感じていますか。
aviel:まさにCVLTEは自分の内面を曲にすることが多かったと思うんですけど、イベントやフェスに出演することが増えた1年ちょっとの間に、知りたくなかったしんどさを知ってしまうことが増えたんですね。それで「音楽は意外と自由じゃないのかもしれない」と感じて、音楽を作ることが楽しくなくなってしまった時期があったんですよ。周囲の人が嫌なヤツだという話ではなくて、僕が人に気を遣い過ぎてしまうことが増えた。そういうしんどさを吐き出すフェーズがここ1年だったのかな。
『DIGITAL PARANOIA 2052』をリリースした少しあとくらいから今作に入っている曲の制作を始めたんですけど、聴き返してみても、かなり鬱憤が溜まってたんだなと思う。吐き出さないとやっていられないくらい、しんどかったんだと思います。
――「音楽は意外と自由じゃないんだな」と感じてしまった苦しさとはつまり、自分で自分の居場所を作るんだという意志のもとに音楽を作り続けてきたのに、それが本末転倒なことになっている現実に対するしんどさだったんじゃないかなと思うんですよね。
aviel:そうだと思います。生きるうえでの苦手なことを避け続けて、その中でようやく辿り着いた音楽なのに、音楽につきまとうことが苦しくてしょうがなくて。それによって、音楽を作ることも苦しくなってしまいましたね。
■「I hear a sound.」(M-8)※【動画】あり
――ちなみに、大きい音が苦手とも伺いましたが、どんな感覚なんですか。基本的に音楽家の方は大きい音とつき合って生きていくものだと思うんですが、音楽に限らず、日頃から街の喧騒や世の中のノイズがキツいっていう感じなんですか。
aviel:小さい頃から耳がめちゃくちゃ敏感で、音から与えられる刺激が常に強い状態なんですよ。例えば誰かが耳元でいきなり叫んだら、ビクッとなるじゃないですか。ああなりやすいというか、普通の方からしたらそんなに大きくない音に対しても、ビクッとなってしまう。だからフェスの音漏れとかはマジでキツかったですね。楽屋にいるだけなのに、ずっとビクビクして体が硬直していく感じになってました。
――それもまたavielさんの中にある怯えなわけですよね。
aviel:そうですね。今回の「I hear a sound.」は完全にそのことを歌ってます(笑)。
――《kill the drums/Itʼs too loud/just let me think…》というのはそういうことだったんだ。
aviel:はい(笑)。音を止めてくれ、勘弁してくれと言っている歌です。それにさっき言われたとおり、自分は外にあるものに対して怯えながら生きているところがあって。常にフードを被っているような生き方だったと思います。どの分野においても、刺激を恐れてきたというか。精神的な刺激もそうだし、物理的な刺激もそうだし。ライフスタイルで言っても、終電を超えて遊ぶような刺激的な生活もしてきてないし(笑)。とにかく安全に生きてきたからこそ、自分の外にあるものに対する怯えはありますね。
――安全に生きたいのも非常によくわかるし、人って、安心できる場所を求めて生きているところがあると思うんです。だけど外に出てみないとその居場所も見つからないし、外で人と出会わないことには自分がどんなヤツかもわからない。そうやって中と外を今まで以上に行き来し続けた1年だったとも言えるんじゃないかなと思うんですよね。
aviel:そうなんですよ。引きこもりになって完全に刺激を遮断することもできないし、引きこもりになったらなったで、そんな自分に対する嫌悪感を抱いてダメになってしまうだろうし。幸い自分には信頼できる友達がいるから、完全に内にこもることはないと思うんですけど。
――そういう意味で言うと、今まで以上にイベントやフェスに出る1年を過ごしたことで、CVLTEはどんなふうに求められているバンドなんだと実感できましたか。
aviel:確かに、CVLTEが存在している意味を実感できる機会は多かった気がしますね。主にロックバンドのシーンを足場にして活動しているわけですけど、ロックバンドの大体は熱いじゃないですか。その中にあって、僕らは冷たい場所を提供しているバンドなんじゃないかなと思って。
北海道出身のバンドですし、CVLTEを観に来る人たちも、なんとなく涼みに来ている感じがするんですよ。じゃあとことん冷やしてあげましょうっていう考え方になっていきましたね。今までは「どうして先輩たちみたいに熱くやれないんだろう?」と思ってしまうこともあったんですよ。だけどそれは得意じゃないし、「お前ら!」みたいな熱さを演出しても嘘になってしまう。だったら自分たち特有の冷たさを持ってやるしかないし、それが自分たちのいい部分なんだなって実感させてもらうことは多かったですね。フェスやイベントへの出演が増えたことで、それを実感できました。
音楽に背中を押される必要がある人もいますし、希望を歌ってほしい人もいる。かたや、そういうの必要ないんだけど? っていう人間もたくさんいて。苦しんで生きている人たちにとっては、誰かに希望を歌われるより、苦しみを抱えている人と一緒に居場所を作っていくほうがよかったりするんですよね。自分と同じ苦しみを抱えている人が世界にひとりでもいたら、それが救いになるから。そういう存在でいたいっていうのが明確になっていったから、より直接的に恐怖や不安が曲に表れてきたんじゃないかなって思いますね。だから『PHOBIA SYNDROME』は負の産物です(笑)。
■「歌えない」(M-7)※【動画】あり
――人が苦しみや恐怖を持ち寄れる場所としてCVLTE像がクリアになっていった。それによってavielさん自身も、この1年で抱え込んだ鬱憤と怯えをストレートにシェアできるようになっていった。
aviel:そういう作品なんだと思います。長い時間をかけて僕に注がれてきた負の感情が、抑え切れず溢れてしまったといいますか。改めて、マイナスの感情があってこその創作なんだろうなと思います。
――これまでは、世界に対する恐怖や怯えといった感情があるからこそ、脳内に広がる世界を旅して居心地のいい場所を探す向きが強かったと思うんです。だけど今作は、今おっしゃったとおりavielさん自身の内面を洗いざらい独白している曲が多い。そういうマインドに変化したことで、ソングライティングも変わったと思いますか。
aviel:めちゃくちゃ変わりました。トラックを作る面においては好きなものを自由に出すだけだったんですけど、特にリリックに関して、今まで自分に対して許さなかった直接的な表現がボロボロと出てきてしまって。それこそ「歌えない」という曲があるくらいですから。
以前までの考え方だと、たとえば「痛い」という感情を<痛い>以外の表現で書けたときに初めて一人前だと思っていたんです。痛い痛いと喚くだけならただの会話でいいし、歌詞である必要がないので。でも今回は、濁したり喩えたりしているだけでは伝わらないことがあるんだなと知ったんですよね。それは人に対してというより、自分に対して。「歌えない」のリリックは誰より自分自身に対して刺さっているし、こんなに自分に対して刺さる曲を書けたんだなと実感したときに、すごく変化を感じました。比喩もあるんですけど、今までより圧倒的に自分の感情をそのまま歌う曲が増えましたね。
――「歌えない」には、もう歌えないという苦しみの告白と同時に、人生を丸ごと振り返ったような情景描写もありますよね。《孤独の中、教会を抜け出したあの時のように/押し寄せた孤独と、あ、溢れた希望をもう1度/感じさせてくれない/腐ってる:(/この世界のせいだ》というセクションは、教会での礼拝に強い恐怖を覚えて抜け出したという過去をそのまま綴っている箇所だと思ったんですよね。
aviel:本当に、自分がかつて見たもの・感じたことをそのまま書いている曲ですね。「歌えない」を書き始めたときは、もう苦し過ぎて歌えないし、歌えないのなら何を書いたらいいのかもわからないっていうモードになっちゃってたんですよ。それで、3年くらい前に曲作りに詰まったときのことを思い返したんです。そのときにすごく信頼している人に相談したら、「じゃあ何を書いたらいいかわからないっていう曲を書けばいいじゃん」と言われたことを思い出して。それをまだやっていなかったから、歌えないということを歌おうと思ったらスラスラと出てきて。
で、歌えないということを歌うのならば、CVLTEを始めた頃は何をしたかったのか、何を歌いたかったのかを思い返す必要があると思ったんですね。そこから、CVLTEというバンド名を掲げるきっかけになった時代まで遡っていったんですよ。教会で育って、自分のやりたいことをやるために教会から抜け出して、抜け出した結果として「全部あいつらのせいじゃねえかよ」っていう世の中に対する憎悪が生まれて……ほんと、この曲に書いてあることそのままですよね。CVLTEがCVLTEになる以前の時代まで振り返ることで、本当は何をやりたかったのかを思い出せよっていう歌だと思います。
■「realitYhurts.」(M-2)※【動画】あり
――「realitYhurts.」はCVLTEとして初めてのタイアップソングでしたが(『シャングリラ・フロンティア』2nd seasonのエンディングテーマ)、そういった経験はどうだったんですか。
aviel:とても自由に作らせてもらえたので、面白かったですね。ボーカルチョップや音遣いで存分に自我を出せたので。それに「realitYhurts.」に関しては前向きなトライができて。それが何かと言うと、アニメの曲でハイパーポップをやるっていうことだったんですよ。
――面白いですね。ハイパーポップって、世の中でメインストリームとされているものとか、常識とか慣習とか、そういったものから自分たちを切断して文脈を破壊すること自体が音楽になっているじゃないですか。それをアニメというマスな場所で鳴らすのはワクワクしますよね。
aviel:切り離すという意味で言うと、CVLTE自身もバンドシーンの中でそれをやっていますし。なのでハイパーポップのアーティストがCVLTEを慕ってくれることも多くて、僕らもハイパーポップのアーティストにシンパシーを覚えることが多いんですよね。そういう人たちのことを思って書いたのが「realitYhurts.」なので、今作の中で唯一ポジティブな動機で始まった曲かもしれないです(笑)。
――(笑)。ただ、今作は沈黙がモノを言っている曲が多くて。音数が膨大になるセクション以上に、その前後に訪れる静寂こそがavielさんの心象風景を映していると思うんですね。これは、さっきのお話にもあった「静かな場所を求める心」が反映されてのことなんですか。
aviel:ああ、そうかもしれないですね。そもそもCVLTEは沈黙に語らせる曲が多かったと思うんですけど、それが何から始まっているのかと言うと、トランジションを作るのが面倒だからブツ切りにしてサビに行けばいいっていう感じだったんですよ(笑)。いろんなセクションを混ぜるための荒技として、ブツッと切っていた。それがCVLTEのシグネチャー的なものになっていったんですけど、今回はその技を上手に使うというより、僕の精神性とリンクする形で出てきたんでしょうね。音がバーッと鳴っているところ以上に、沈黙の中にこそ多くの言語が詰まっている気がする。技術的な部分と、いったん静かにしてくれっていう気持ちとが、いい塩梅でリンクしている曲が多いと思います。
■「greedY.」(M-6)※【動画】あり
――今作の中でいちばん最初に作ったという「greedY.」から具体的に伺っていきたいんですが、これはポストハードコア色が濃い楽曲になっています。そういう音楽的なキャラクターからも原点的な部分をゲットバックする意識があった曲なのかなと邪推したんですが。どういうところから出てきた曲なんですか。
aviel:まさに、原点的な音楽を混ぜようっていうところから作った曲ですね。ポストハードコアはもちろん、ジェイムス・ブレイク的なダブステップのニュアンスも間奏に入れて。で、最初のヴァースではラップもしていて。(CVLTEを始めた)17歳の頃の自分に宛てる手紙として書いた曲だから、自分が好きなものだけを純粋に詰め込みたかったんですよね。「greedY.」のシングルのジャケットではキャラクターが手紙を書いているんですけど、それはまさに、今の自分が昔の自分に対して「この世界は、あらゆる人が自分の欲のためだけに生きているよ。気をつけてね」って伝えている様子なんです。そうやって昔の自分と交信することで、現実を知る前の自分を再び引っ張り出してあげたかった。
――まさに《目に映るもの全てが/どうしても醜く見えてしまうのはなぜ》という言葉もありますね。英語ではなく日本語でストレートな心情を綴るセクションが増えているのも今作の特徴だと思うんですが。
aviel:日本語の歌のほうが美しいと思うようになったんですよ。日本人が自分の国の言葉で歌っているもののピュアさは最大の武器になるんじゃないかなと思って。僕はTKさん(凛として時雨)のことが大好きで日本のアーティストの中で最もリスペクトしているんですけど、TKさんは何から何まで自分でやって、100パーセントの純度で自分の音楽を表現しているじゃないですか。その姿勢に対する尊敬もあって、僕が育った国の言語を真っ直ぐに使いたくなっていった気がするんですよね。
――ストリーミングサービスが台頭して以降、あらゆる音楽が年代とジャンルに関わらず横一線になったじゃないですか。その中で、ガラパゴスと言われて卑下されていた日本の音楽が「世界唯一の個性」として受け止められるようになったと思うんです。トレンドに寄せて均質化されていくポップミュージックのマーケットが目に入りやすいのは事実だけど、実際に「お前がどこから来たのかを聴かせてくれよ」という欲求を持ったリスナーは世界中にいるし、そういった意味で、日本由来の言語や素養を前に出すことが最大の武器になる状況ですよね。
aviel:本当にそうですよね。日本語を歌うほうが武器になると初めて気づいたのは2021年に「hedonist.」を作ったときだったんですけど、当時はロックシーンに対してのカウンター的な意味合いだったんですよね。あの頃は「英語で歌ったほうがカッコいい」みたいな風潮がロックバンドの中にあって、それに違和感を覚え始めたんです。どうして話せもしない言語で歌を歌うの? っていう疑問符が浮かんでしまったから、じゃあ俺はこの顔で日本語を歌ってやるよっていう感じだったんです。それでいざ日本語で歌ってみたら、なんて美しい言語なんだ! って思って。
aviel:そこから少しずつ日本語のリリックも書くようになっていったんですよね。自分は数あるロックバンドのように熱いパフォーマンスができないっていうコンプレックスも含め、ロックバンドシーンに対する皮肉から始まったものなんですけど。でも実際に日本語で歌ってみたことで、自分の国の言語と文化に対する興味が強くなっていきました。それに、自動的に「アメリカがいいと言うものがいい」と思い込まされているところがあるじゃないですか。日本のアーティストを褒めるときに「外タレみたいでいいね」って言う人を見ることがあるし。でも、もっと自分の生まれた国の文化に誇りを持ちなよって思うんですよ。もっと言えば、自分が生きてきた道を堂々と見せればいいじゃんっていうことも思う。捻くれと言われればそれまでですけど、自分がどう生きたいのかを改めて見つめ直す必要があったからこそ、今回の作品は日本語が今まで以上に多くなったんじゃないかなと思います。
『DIGITAL PARANOIA 2052』を作り終えたあとくらいにいろいろ考えていて、そのときも自分が何者なのかを振り返る思考になってたんですよ。それで改めて振り返ってみたら、僕が今まで好きになったものはほとんど日本のものだったんですよね。『KINGDOM HEARTS』も『FINAL FANTASY』もそう。『Devil May Cry』も『ソニック』も日本で生まれたものなんです。で、僕は日本語と英語を半分ずつくらいで育てられましたけど、実際に日本で生まれ育って。当然パスポートも日本のものですしね。あの頃の周囲の人は僕を日本人だと捉えてくれなかったけど、結局は日本人じゃんって思ったんですよね。今回のアルバムでいちばん気に入ってるのは「h2o.wav」と「shinjuku syndrome.」と「shibuya phobia.」なんですけど、この3曲には日本の文化から受け取ったものを詰め込んでるんですよ。自分という存在を改めて見つめて、僕は日本人なんだと改めて受け止めたからこそ形にできたものだと思います。
■「shinjuku syndrome.」(M-4)※【動画】あり
――「shinjuku syndrome.」では印象的な鐘の音がループしていますよね。これは、『ドラッグオンドラグーン』というゲームを一躍有名にした強烈な鬱エンドの鐘を想起するフレーズだなと思って。
aviel:まあ、わかる人にはわかるっていう感じですよね(笑)。
――これも、好きなものを素直に詰め込もうっていう気持ちからだったんですか。
aviel:『ドラッグオンドラグーン』って、言ってみれば終末に向かっていく物語じゃないですか。別世界からドラゴンと巨人がやってきて、それが闘った末にドラゴンの死体から病原菌が広がって人類が滅亡する――そこから人類が滅びたあとの世界がまた始まるっていうストーリーなんですよね。まあ鐘の音はオマージュしたかったからオマージュしただけなんですけど、 そこから想起されたストーリーに自分を重ねることが、“eoe.”つまり「end of everything」で終わっていくアルバムの前半にふさわしいんじゃないかなと思って。“eoe.”で自分の負のオーラを飲み込んで、またあらたに始まっていく。そのためにも、まず最初に『ドラッグオンドラグーン』のような終末を描きたいという気持ちがありましたね。
――『ドラッグオンドラグーン』は大名作ですけど、avielさんがシンパシーを覚えるのはどんな部分ですか。
aviel:実はヨコオタロウさん(ゲームクリエイター/イラストレーター。『ドラッグオンドラグーン』の他『NieR』シリーズのディレクターも務める)が作るゲームに出会ったのはここ2、3年なんですけど、Takuya(Gu)のいちばん好きなゲームが『ドラッグオンドラグーン』なので、Takuyaから「avielも絶対好きだからやってみてよ」と言われてたんです。で、そのあとに『ガチアクタ』を描いている裏那圭さんから「NieRシリーズは絶対に好きだと思うよ」と言われて、先にNieRシリーズをやったんですね。その中で、どうやらNieRシリーズの前日譚が『ドラッグオンドラグーン』らしいと知って。NieRシリーズが最高だったので、「『ドラッグオンドラグーン』もやるに決まってるだろ!」っていう感じでプレステ2をゲットして。
――2003年のソフトだからね(笑)。
aviel:そこからはもう…『FINAL FANTASY』によって育てられた感性を、ヨコオタロウさんのゲームで全部ぶっ壊されたんですよね(笑)。ヨコオさんが作るゲームに通底しているのは、言ったら逆張りの美学じゃないですか。自分もそうだからこそ、ものすごくシンパシーを感じて。ゲーム中で敵の軍を倒していくけど、ただ倒してガッツポーズするんじゃなくて、倒した分の報復があるっていう考え方。そうだよなぁと思って、その世界観にどっぷりハマっちゃいましたね。これは曲に落とし込むしかない! っていう気持ちで「shinjuku syndrome.」を作りました。
――NieRシリーズも『ドラッグオンドラグーン』も、ストーリーこそ違えど、自分が貫いた正義が破滅を呼ぶという部分が通じているじゃないですか。人の信念の脆さと正義の怖さを徹底して描いているゲームたちなんですが、それはavielさんがこのアルバムに込めたものと非常に近しいと思うんですよね。
aviel:そう思います。
――自分の居場所を作るために突き進んできた結果、目の当たりにしてしまった世界の汚さ、危うさ、脆さ。そういう意味で「shinjuku syndrome.」はかなり象徴的な曲だと思うんですよね。
aviel:本当に、CVLTEという存在自体に繋がる話だと思います。これが正義だと教えられてきた教会という場所があって、その場所に疑問を感じて抜け出したはいいものの、抜け出した先でも醜いものを目にして。そういう人生の単位でシンパシーを感じたのがヨコオさんのゲームだったので、もはやあのゲーム体験を音楽に落とし込むというより、自動的に音楽になってしまったと言うべきかもしれない。
――「shinjuku syndrome.」は本当にすごい曲だと思います。鐘の音のループが耳を掴むという意味でのキャッチーさもあるし、無音の中で《I let it take control of my soul until there’s nothing left/私が私じゃなくなっても良い》とリフレインするパートが痛切に刺さってくる。これこそ、沈黙が最も激しく聴こえてくる曲だなと思ったんですけど。
aviel:自分の人生には「自分のための音楽」というガイドがあると思っていたし、そのガイドに沿って歩んで行けば大丈夫なはずだったんです。でも業界の現実を知って、そのガイドがプツッと断たれた感覚になって…そのイメージがリンクして、その無音のセクションになった気がします。心象風景がそのまま出ちゃったんでしょうね。そのうえで《私が私じゃなくなっても良い》っていうのは、私が私じゃなくなってもいいはずがないでしょ? という反語として自分に投げかけてるんだと思います。逃げたところで、自分という存在からは逃げ切れないから。
■「h2o.wav (feat. TSS)」(M-5)
――以前「run.」について伺ったときは、何もかもから逃げた先で居場所を作るんだという話がありました。だけど今回は、逃げないためにどうするのか? という発想から歌が出てきている気がするんですよね。
aviel:ああ、確かに。逃げ続けるだけじゃなくて、逃げなくちゃいけない対象を消すことから始めなくちゃいけなかったからだと思います。「CVLTEは現実の熱さを避けて涼みに来る場所だ」と言いましたけど、現実世界から逃げたい人がCVLTEのライブを求めてくれているのに、僕までこの場所から逃げてしまったら、誰もこの場所に辿り着けなくなる。だから、CVLTEのことを好きでいてくれる人の力を借りて立ち向かわなくちゃいけないと思い直したんでしょうね。
「h2o.wav」もそういう気持ちが通じている曲で、冷たくて涼しい場所としてCVLTEを拓いてきたんだと思ったときに、熱いものに水をぶっかけて冷やすような曲を作りたいと思ったんですよ。で、冷たいバンドって日本国内にはなかなかいないから、TSSを呼んで一緒に作りました。血の中を巡っている炎が僕らの視界を曇らせているんだ、ただ熱いだけのものに汚されたらたまったもんじゃないぞっていう、僕らのアイデンティティを示すような曲になったと思います。
――冷たい場所を好んでもいい、熱く生きるだけが正義であるはずがないっていうのは、「いろんな人がそれぞれの色で生きている」ということを表すことに繋がりますよね。それこそCVLTE最大のメッセージだと思う。
aviel:そうだと思います。だから、熱いものが正義だと思い込まされる前に炎を消してやるっていう。…なんか、いろんなものを恐れ過ぎていた気がするんですよ。熱いバンドが多いシーンから脱却したい気持ちが強かったのもあるし、そもそも音楽家としての個性を確立したい気持ちもあったし、対外的なものによって行儀よくなり過ぎちゃってたんだろうなと思って。でも元々の自分はもっと皮肉で、違うと思うものに噛みつく人間だったはずだから。そういう自分を表現できた最後の曲は「amen.」なんじゃないかな。そういう自分が恋しかったんでしょうね。「amen.」はかなり直接的な表現でしたけど、「h2o.wav」はもっと美しい表現で皮肉を吐けたと思います。今の自分らしく、消火できたと思います。熱く生きろ! みたいな風潮をザバッと消したかった。
■「I hear a sound.」(M-8)※続き
――次に「I hear a sound.」について伺います。先ほどはフェスの音漏れをはじめとした音がうるさくて怯えていたというエピソードを話していただきましたが、《baby please make it stop…/and still, I hear a sound》というリリックのとおり、どこまで行っても音楽からは逃げられないという覚悟の歌にも聴こえてきて。
aviel:ああ……そうは考えていなかったですけど、逃れられない呪いだと歌ってますからね。やっぱり音楽からは離れられないんだよなっていう気持ちもそこに入っているんだと思います。だし、大きな音が苦手だと言っているのに、静かなインストに行かないですからね(笑)。ほんと、どうしてなんだろ? 大きな音を止めてくれって歌ってるのに、大きな音を鳴らしてる。不思議だなって思います。
――今作において、音楽と自分の距離感を見つめ直すこともあったんですか。
aviel:大きな音が嫌でウワーッとなったときにその大きな音を何でかき消すかと言ったら、イヤホンで音楽を聴くことなんですよ。実際、いろんな音が耳に入ってきて限界になったときはアンダーグラウンドのヒップホップを聴いてやり過ごしてましたし。だから結局、自分は音楽から離れられないんですよね。バンドに向いてないんじゃないの? ってことも考えましたけど、生身の人間が鳴らす以上の美しさはないと思っているのも事実だし。だから《kill the drums》と歌った直後にドラムが♪ドドドッ♪って入ってくるわけですよ。どこまで行っても音楽の苦しみを音楽で超えていくしかないし、バンドで鳴らす以上の気持ちよさを知らないんだと思います。
――難儀ですよね。この世界がうるさいと思ったときに「静かにしてくれ」と叫んでも、誰も聞いていない。だから喧騒を殺すためにはそれ以上のボリュームで音を鳴らさないといけないっていう。
aviel:今回の作品には静寂が多いという話もありましたけど、静寂があるだけではただの静寂だから、その静けさに意味を持たせるための音もまた必要なんですよね。音には音で対抗しなくちゃいけないっていう…それ以外に生きる術がないから、音楽と付き合っていくしかないんだと思います。
■「shibuya phobia.」(M-13)※【動画】あり
――次に「shibuya phobia.」について。静かなトラックの中にたくさんの声が重なって、途中でディアボロスのようなボーカルに変貌してバーストしていく。世界のノイズに対するavielさんの怯えと震えが見事に音楽化されている曲だと思いました。これはどういうところから出てきた曲ですか。
aviel:この曲を作るのは苦しかったですね。…「shibuya phobia.」は明確に影響元の曲があって。それこそ『ドラッグオンドラグーン』のBエンディングで流れる「尽きる」という曲があるんですけど、何を作ってもあの曲に勝てなくて。音楽家を辞めてしまおうかと思うくらい、圧倒的な敗北感があったんですよね。新しい音楽が最強だろ、古い音楽なんて過去の産物だろって思い続けてきた人間なのに、2003年の音楽に負けたんですよ。そのときに、CVLTEとしての価値がなくなってしまったと思ってしまって。ただのストリングスを切り貼りしたトラックに静かな声を乗せているだけの曲ですよ。なのに、こんなにも感じるものがある曲を作れるんだ!? っていうことにビックリしてしまったんです。「尽きる」に惹きつけられて仕方がないのに、聴くと圧倒的な負けを感じてしまう。そういう期間が2ヵ月くらい続いたんですよ。
――そんなに。
aviel:で、これでは何もできなくなると思って、最大限のリスペクトを払って「尽きる」をパクるしかない! っていう開き直りで「shibuya phobia.」を作り始めて。
――はははははは。
aviel:まあ、オマージュということですけどね。そのときから、音楽に恐怖を感じたという意味で“phobia”を冠するのは決めたんですよ。“shibuya”に関しては、渋谷が嫌いだからこそ、少しでも愛着を持てるようにしたいなと思って。どんなに渋谷が嫌いでもライブをしに行かなくちゃいけないし、渋谷に行きたくないけど渋谷に用事がある人はたくさんいるじゃないですか。そういう人が「shibuya phobia.」sを聴きながらスクランブル交差点を渡れたら勝ちだなっていうイメージがありました。
――つまり、自分が嫌いなもの、自分が怖いと思うものとどうにか付き合って生きていくための曲を作った。
aviel:そういうことだと思います。まあ、CVLTEという名前自体がそこから来てますしね。教会の景色を怖いと思ったからこそ、その景色とどう付き合って生きていくのかを考えなくちゃいけなかったとか。恐怖とともに生きるということが僕らの根本姿勢であり、続けてきたことなんだと思います。怖いと思ったものをカービィみたいに吸い込んで、自分自身がそれと同化するしかないんです。それを続けてきたのがCVLTEなんだなと改めて思います。『ドラッグオンドラグーン』に出てくる「闇より明るい希望はなし」というセリフを聞いてからリリックを書き進めていったんですけど、やっぱりフードを被って日常を過ごして、陽光から自分を切り離すことで生き延びるしかない人間なんですよ。自分が笑っているときに誰かが泣いているし、誰かが笑っているときに自分は泣いている。その現実があるのに、この世界は素晴らしいと言えますか? って思っちゃうから。闇に染まること自体が僕にとっての生きる術なんだろうなっていう気がします。
■「eoe.」(M-15)※【動画】あり
――そして最後に「eoe.」について伺います。これは本当に美しいメロディであり、今作の中では比較的温かさを感じる曲ですね。最後の最後にひと筋の光を感じる曲があってよかったなあと思うんですが、この曲は?
aviel:《I thirst for love》というリリックが最後に出てきますけど……自分の意志だけでCVLTEを進めていくことができないとか、自分の信念を曲げてまで人の言うことを聞かなくちゃいけないとか、それを続けていては壊れるだけだと痛感する1年ちょっとだったんですよ。でも壊れてしまって二度と戻れない状態になるのは嫌だし、やっぱり僕は自分の信念に従って音楽を作りたいんだよなっていうことを考えていた時にバーッと出ててきたのが「eoe.」でしたね。で、自分の中から湧き出てくるものだけで愛されたいっていう結論に至ったから、「愛に飢えている」という表現になったんだと思います。ゆったりした曲をゆったりしたまま終わらせない展開もそうですけど、吐き出したいことがたくさんあったんでしょうね。
――avielさんもCVLTEも、外の目に左右されてお化粧した瞬間はなかったと思うんですよ。だけど何かを横目に見てしまう経験はしてきたからこそ、誰よりも自分自身に対して信念を確認する必要があったわけですよね。
aviel:いろんな邪念を振り切って、自分の作りたいものを作るんだと言うためには、曲にする必要があったんです。そもそもCVLTEはエモラップをベースにして曲を作り始めたバンドだから、メロディに対してどう向き合うのか? っていうことが今まで続いてきた気がするんですよ。それが結果的に「ポップ」という概念へのトライになってきたと思うんです。フックがあったほうがラップが活きるだろうし、できることは全部できたほうがいいよねっていう気持ちで音楽を作り続けてきたからこそ、今改めて信念を再確認できてよかったと思います。実際、その信念を失ってしまう恐怖を題材にしたアルバムだからこそ、吐き出し切ったことで体が軽くなって。何より大きいのは、自分を洗いざらい曝け出したことによって、これからはトラックだけじゃなくて言葉の面でも闘っていける気がするんですよ。そういう新しい展望が生まれてきたのも、負の連鎖に区切りをつけられたからだと思うんですよね。
――世の中というものを俯瞰して見てみると、システムも人間関係も崩壊して久しいと思うんです。そういった意味でも負の連鎖は続いているし、未来に対する希望を語るより、ぶっ壊れたあとの更地にどんなユニティを作れるのか? っていうフェーズに入っている感覚があって。その中にあって、CVLTEがやろうとしているのは、自分がどんな場所に立っていて、どれだけの屍の上に自分が生きているのかを見つめるための表現だと思うんです。で、avielさんがこれだけ自分を見つめて自分を曝け出せたことによって、これまで以上に似た形の心を持った人間の村が作れると思うんですよね。
aviel:ありがとうございます。鏡を見てやっていこうよっていうのは常々思うことで。ここまで人が人を責める世界になってしまったからこそ、誰かを冷笑している場合じゃないでしょ、まずは自分でしょっていうフェーズに引き戻さないといけない。これからも「どうして鏡を見ないの?」っていう曲を作り続けるんでしょうし、自分とは何なのかと悩み続ける人間がいるうちは、人間もまだ腐り切っていないと思える気がします。
INTERVIEW & TEXT BY 矢島大地
■CVLTE プロフィール
現実と仮想世界を行き来する、北国生まれの異端音楽プロジェクト、CVLTE(カルト)。
ボーカルaviel kaeiが生み出す予測不能なクリエイティブを世界に向けて発信中。
■リリース情報
2025.12.03 ON SALE
DIGITAL ALBUM『PHOBIA SYNDROME』
2026.01.21 ON SALE
ALBUM『PHOBIA SYNDROME』
【収録楽曲】
01. the voYd.
02. realitYhurts.
(TVアニメ シャングリラ・フロンティア Season 2 第2クールEDテーマ)
03. 症状(main menu)
04. shinjuku syndrome.
05. h2o.wav (feat. TSS)
06. greedY.
07. 歌えない
08. I hear a sound.
09. eepY.EXE (iRis.EXE)
10. bloodYhell.
11. whY. (feat. demxntia)
12. 恐れ (savepoint)
13. shibuya phobia.
14. allium. (1111)
15. eoe.
16. 空虚
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