豪華アーティスト12組が「明治チョコレートのテーマ」を歌い継ぐ『Melody of meiji』に大黒摩季が登場。大黒摩季への特別インタビューと歌声が収録された動画が公開された。
■明治のチョコレートと共に幼少期を過ごした大黒摩季の想いとは?
世代を超えた12組の豪華アーティストが「明治チョコレートのテーマ」を歌い継ぐ企画『Melody of meiji』。中森明菜とのコラボを皮切りに、五木ひろし、TOSHI-LOW、FRUITS ZIPPER、こっちのけんと、森高千里、新浜レオン、藤あや子、イルカ、EGO-WRAPPIN’中納良恵と繋がれてきた歌のリレーの11番目に登場するのは、今年デビュー35周年という「節目」を迎える大黒摩季だ。持ち前のパワフルな歌声が繰り出す「明治チョコレートのテーマ」は必聴だ。
動画の公開に合わせて、特別インタビューも実施。レコーディング時には、「私の中のチョコレートの基準が『明治ミルクチョコレート』。大黒家の基準ですね」「(母が)このチョコレートだけが好きだった。冷蔵庫に入っていて。だから同じように私も、冷蔵庫がこの『明治ミルクチョコレート』の指定席というか。ないと不安ですもんね」など、母親から受け継がれた「明治ミルクチョコレート」への変わらぬ愛情をのぞかせる。
そしてインタビューでは「今後の目標は、好きに生きること」と話す大黒の35周年を迎える心境や、名曲『夏が来る』誕生の背景にあった“夏”への強い憧れ、長い芸能生活で変わらず続けていることなどについて語られた。今回は動画には入っていない未公開コメントを紹介しよう。
■大黒摩季インタビュー・本編未公開コメント
――「明治ミルクチョコレート」を初めて食べたのは何才でしたか?
多分、3歳4 歳とか、早いと思います。大黒家はパン屋が家業で、母も働いていたので、とにかく赤ちゃんの頃は預けられまくりの人生でした。祖母と一緒にいる時間が長い環境だったので、仏壇に飾ってある和菓子とかを出されていたと思うんです。だけど母が、この「明治ミルクチョコレート」だけが好きでした。だから、冷蔵庫に入っていて。少々冷たくて、甘くて美味しくて。「チョコレートって美味しいんだぜ!」って感じた記憶があります。それが私のチョコレートの基準だったと思います。(母が)「摩季ちゃん」って一欠片くれたんだと思います。
――どんな時に「明治ミルクチョコレート」を食べたいですか?
「ウェーイ!」っていう時ですね(笑)。どうしても仕事柄、ライブだったり、ツアーだったり、レコーディングだったりがあって先にみんなを打ち上げたり、労ったりすることが多いんです。それで帰ってきて「私よく頑張った!」っていう時にチョコレートを出して、寒い時はホットワインと一緒に食べます。もしくは、歌詞を書いたり曲を書いたりしていて、頭の中を色んなことが回っていて、「うーん…(アイデアが出ない)」っていう時。コーヒーも好きなので、全世界・全国各地の自分の好みのコーヒーを集めているんですけど、それを淹れつつチョコレートを一欠片、二欠片、そのコーヒーソーサーの横に置いて。その時に「これで(いいアイデアが)何か来るかな?」っていう感じで、ワンブレイク、テイク・ア・ブレイクしています。
――これまででいちばん印象に残っている「明治ミルクチョコレート」の記憶は?
うちの母は、あまり子どもに合わせてくれなかったんですよ、食事も大人びている感じで。だけどカレーライスは、辛いけど何か遠くに甘みがあった気がしているんです。母がカレーライスを作っている時に、この「明治ミルクチョコレート」を湯煎にしてトロットロにして入れているのを目撃したんです。「おおー!」と思って。私も今、カレーに必ず隠し味みたいな感じでチョコレートを入れますね。それで一コクというか、遠くにすごい、まろやかさを感じます。
実家がパン屋さんなので、この「明治ミルクチョコレート」とのコラボ商品を作りたいぐらいです。――チョコレートを食べると、思い出す風景はありますか?
大黒家の冷蔵庫が「明治ミルクチョコレート」の住処で、開けると必ず目が合う存在でした。私も、卵ポッケ(冷蔵庫の卵ホルダー)の上に、この「明治のミルクチョコレート」がないと不安ですもんね。だから冷蔵庫がこの「明治ミルクチョコレート」の指定席。いつもいる場所っていう感じです。うち、結構勝手に人が集まっている家なんですよ(笑)。仕事から帰ってくると「おかえり」とか言われることがあるんですけど、別にホームパーティーしようとしていなくても、みんな何か持ってくるじゃないですか。「摩季姉のあの味(カレーの隠し味など)教えて」とか言われるんですけど、それは母の味で。大黒家ではずっと自然と受け継がれていますね。 50 年以上だと思いますよ。私が56 歳ですから、3 歳から食べ始めたとすれば53 年じゃないですか。私のファミリー、ご近所さんとかその奥さんとか子どもたちには、きっと受け継がれるんだろうなと今思っています。
――収録の感想や注目のポイントを教えてください。
注目ポイントはこのリレーですかね。私11番手なんですけど。それまでの方々を見ていたら、バラエティに富んでいてびっくりしますね。普通の歌番組で集めるのは結構大変な人たちが揃っているので。見る方も、すごく面白いと思います。
――気づけばすっかり夏本番ですが、幼少期の夏の思い出はありますか?
私、北海道出身で北国育ちなので、夏が少ししかないんですよね(笑)。だから、夏への憧れがあって『夏が来る』っていうタイトルが出てきたりするんです。『熱くなれ』とかもそうですよね。関東から西だったら『寒くなれ』とか『涼しくなってくれ』みたいになると思うんですけど。私からすると夏は眩しくて、すごく希望的で解放される大好きなシーズンです。小さい頃の夏の思い出は、親がパン屋さんで、夏は食品衛生的に、悪いものを出さないようにピリピリしてる時期でもありますから、サマースクールとかいろんなところに行ってと、放り投げられてた気がしますね。少女の頃ぐらいになるとバンドをくんでいたので、涼しいスタジオにいた気もしますね。
――今年の5月27日より、デビュー35周年イヤーをスタートさせた今のご心境や今後の目標を教えてください。
一言で言うならば、「生きてるだけで丸儲け」。やれてるだけで丸儲け。北海道から夢見て、最初の夢は「武道館(でライブが)できる人になりたい」。でも、デビューしてから、気がつけば武道館は通り道で。ひとつ夢が叶ったはずなのに、夢は育つというか。叶った気がしてないんですよね。自分に対して「今日の俺100点だぜ!」っていう日はないです。だから今も(精力的に活動を)やっているというか。例えば、一昨日のライブで、ここでみんなにキュンと泣かせようと思っていたのに、うっかり自分が泣いてしまったみたいな。自分の中の理想がずっと育っていく限り、夢は叶ったようでまた育ち、叶ったようで叶ってないっていうのを繰り返して、気づけば 35 周年だったっていうだけなので。今の心境は、「よく生きてきた大黒、よく頑張りました!(グーサイン)」っていうだけで。最近は、友人も含めて弟も含めて愛しい人たちが先立ってばっかりだったので、私みたいにやることはやったと思っている人よりも、まだまだやりたいことがある人たちが先立っているので。今まで自分のこといじめてばっかりきたけど、「そろそろいいんじゃない?」という感じで、もう一人の“小摩季”の衝動を、“おばばの摩季”が叶えてあげたいなって気がしてきています。大人になったら、自分の衝動を潰すことばっかりじゃないですか。諦めにも慣れまくるじゃないですか。私、こないだの『55 BLACK』(最新アルバム収録)のシングルで『イチヌケタ』って曲を書いたんですよ。もうそういうのから「いち抜けたー」っていうのを書いたので、今無敵です。
だから今後の目標は、好きに生きることですね。音楽的にも、私から生まれるものを出しまくることですね。それが大黒摩季だから。近年ちょっと大人になって皆様に期待される大黒摩季を一生懸命やっていたんですけど、やっぱり「いい人」が私の好きな大黒摩季じゃなかったんですよね。ツンツン尖って前に進んで、女性の、パートナーにも言えないことを預かって、言いまくる。その方が私に向いてるなと思っているので。
自分を生き抜くのみです、全うするのみ。どこまで行けるか。やるだけやってみようって思っています。――もうすぐ夏休みの季節。もし自由に夏休みがとれるなら、行きたい場所ややりたいことはありますか?
この間、パラオで偶然にもマンタを5、6匹いっぺんに見て、すごく感動したんですよ。だから今海に行きたくて。ゴールドコーストの先にバイロンベイというところがあって、憧れだったので行ったんですよ。夏休みがあったら、1 週間サーフィン合宿して、2 週間目は潜り倒して、ずっと海ですね。でも日本が暑いから、逆ですね。真夏は北に行きます!ヨーロッパとか涼しい方に行きたいですね。
――ヨーロッパのどこに行きたいですか?
音楽巡りをしたいです。パリも意外と行ったことないですし。名だたる作曲家が、どうやって作品を生み出したのか。一度スペインで「天才になる旅」っていうのをやったことがあって。バルセロナにガウディとかあるでしょう。ショパンがマヨルカの修道院に籠もって名曲を何曲も作っていたらしいんですよ。天才が生まれ育ったところ。とにかくそういうところに行ってみると「あ、なんか自分も書ける気がする」っていう気にはなるんですよ。ヨーロッパは名だたる芸術家がいっぱい生まれているので、その生い立ちをまた追いかけて。私みたいな頑張り屋の凡人は、そういう「なった気」が大事なんです。天才になった気に、なりに行きたいですね。
――2026 年も半分が過ぎ、世の中的にはボーナスの時期です。もし自分自身にこの上半期の”ボーナス”をあげるとしたら、何が欲しいですか?
もはやもらうより払う側なんで。自分には払わないです。あげなくていいです。年末までやり抜いたら、先にスタッフとか社員とかにボーナスを撒き散らして、ドロン(退散)って感じで、行きたいですね。自分のボーナス分はみんなに撒き散らしたいと思います。
――自分への普段のプチご褒美はありますか?
本物のアルパカの毛で作られたぬいぐるみが売ってたんです。マネージャーたちには「断捨離しましょう」って言われすぎていて、呪縛がかかっていたんだけど。ぬいぐるみを買って帰ってきて、それを「フワッフワッ」ってやったらちょっとご褒美な気がしません?
――99年変わらぬやさしさを届け続けている「明治ミルクチョコレート」にちなみ、長い芸能生活の中で変わらず続けていることやルーティンはありますか?
歌う前って「あれして、これして、終わったらこのケアをして」というルーティンがあるんですけど、本当はそれを全部やめたいです。もう自分はそんなことしなくてもできるはずだって自分を信じてあげればいいんですけど、昔成功した時の日のものを全部揃えるっていうルーティンをまだやってるので、もう一歩、自分に自信を持ちたいですよね。
芸能生活って、私の生活からすると、大黒摩季として表に出るのは年間10分の1ぐらいなんですよ。10分の9は大黒摩季に歌わせる曲を作り、会議をし、舞台の演出や制作をし、大黒摩季のスタッフをやっている時間が長いんです。だから35周年といっても、芸能生活って平たくすると35年間ずっとじゃないと思うんです。だから変わらず続けてることは、とにかく、出し殻にならぬよう、時折勇気を出してガッツリ休むことです。
テレビとか映像を作ってばっかりいると、見る側じゃなくなると思いません?楽しいことを提供できなくなりません?
やっぱり90年代、燃え尽きすぎて最後干し梅みたいになったんですよ。何をやっても硬いままになってしまったので、
2000年の時に一年間、世間から消えたんです。それでまた普通の梅になって戻ってきて。出し尽くすと乾くから。だから変わらず続けているのは、大黒摩季ではないただの私に、必ず一年に一回戻ることですね。
■【動画】『Melody of meiji』#11 大黒摩季
■関連リンク
『Melody of meiji』特設サイト
https://www.meiji.co.jp/products/brand/mchoco/anniversary/melodyofmeiji/
「明治ミルクチョコレート99周年」特設サイト
https://www.meiji.co.jp/products/brand/mchoco/anniversary/
大黒摩季 OFFICIAL SITE
https://maki-ohguro.com/