“ターカーナーカーッ!”という黄色い声援が飛び交う。会場は20代から30代の若い男女で超満員。しかも、往年の名曲が始まると大歓声が起こり、インストにもかかわらず主旋律を大合唱する——。これは、ロンドンもしくはロサンゼルスにある5,000人規模のコンサートホールでの光景だ。ほんの数年前までは考えも及ばなかったことが、現実に起きている。御年73歳、今年プロデビュー55周年を迎えた高中正義にまつわることである。
■日本のロック黎明期に貢献した高中正義ヒストリーが大きくアップデート
1971年に“天才高校生ギタリスト”として注目を集め、成毛滋のフライド・エッグではベーシストとして参加するが、吉田拓郎のライブなどではギタリストとして活動。そして、1972年に加藤和彦率いるサディスティック・ミカ・バンドのメンバーに加わり、日本のロック黎明期に大きく貢献した。1976年のソロ・デビュー後も着実に人気を集め、「BLUE LAGOON」や「渚・モデラート」などの代表曲を生み出し、フュージョン・ギタリストの牽引役的なアーティストとして安定した人気を誇っている。
ここまでは多少の音楽好きなら誰もが知っている高中ヒストリーだ。
しかしここ数年、海外からの人気を受けて、このヒストリーが大きくアップデートされつつある。きっかけはおそらくYouTubeだろう。2010年代後半に違法アップロードされたアルバム群が、じわじわと再生回数を伸ばし、いつしか数100万回再生という驚くべき数字を叩き出していたのだ。
特に人気なのは、初期のアルバムからセレクトされた2枚組ベスト・アルバム『ALL OF ME』(1979年)。高中本人がスカイダイビングをしているというユニークなジャケットのインパクトもあり、彼のなかで最も聴かれている作品である。また、このベストにセレクトされた楽曲が収録されているオリジナル・アルバムの『SEYCHELLES』(1976年)や『BRASILIAN SKIES』(1978年)も人気だ。
いずれの動画もコメント欄には見慣れない外国語がずらりと並び、日本語を探すほうが難しい。また、2022年に解禁されたサブスクでの再生回数も、その8~9割が外国人だという。さらにはアナログ盤のリイシューも精力的に進んでおり、海外輸出が間に合わないくらい飛ぶように売れている。高中本人も取材で「急にモテ期がやってきてびっくりしている」とコメントするほど、驚くべき現象が起きているのだ。
■“シティポップ”以上に世界から注目されている“フュージョン”
この驚異的な高中ムーブメントには、さらにその前に急激に起こったシティポップ・リバイバルが大きく影響しているのは間違いない。
ご存じのとおり、竹内まりや「プラスティック・ラブ」や松原みき「真夜中のドア~Stay with me」などを筆頭に、 “シティポップ”と言われるレイト70sから80sにかけての日本の洗練されたポップス群が世界各国で注目を集めたのが、ここ10数年での出来事。こういったシティポップに隣接して存在していた高中正義の音楽にスポットが当たること自体は想像できる。
しかし、この春に行われた大規模なワールドツアーが全箇所ソールドアウトになるほどの人気を得るとは、さすがに予想できなかったのではないか。
ただ、高中正義はボーカル曲もあるとはいえ、いわゆるフュージョンというギター・インストゥルメンタルのアーティストだ。実は今、このフュージョン自体がシティポップ以上に世界から注目されているのである。
フュージョンとは、ジャズにロック、ポップス、ラテンといった様々な音楽を掛け合わせて融合(フュージョン)した音楽のこと。ジャズ由来ということもあり、ボーカル楽曲もあるが、一般的にはインストゥルメンタルが主流である。海外では70年代初頭からクロスオーバーやジャズロックと言われた音楽だが、日本では70年代末からフュージョンという呼び名が一般的に浸透し、CASIOPEAやTHE SQUARE(現・T-SQUARE)といったスター・グループが登場したことで一大旋風となる。
新しいアーティストだけでなく、渡辺貞夫や日野皓正といったベテランのジャズ・ミュージシャンたちもフュージョンに参入し、80年代には一大ジャンルとして隆盛を誇った。しかし、90年代以降はシティポップと同様にブームとしての勢いは落ち着き、残念なことにいつしかマニア向けの音楽という印象に変わっていった。一部では“時代遅れの音楽”という先入観で語られることも記憶にある音楽ファンも少なくないはずだ。
■フュージョン・ブームの背景には、若者たちの音楽に対する接し方の変化がある
そんな半分忘れ去られつつあったフュージョンが盛り返してきた背景には、若者たちの音楽に対する接し方が変化してきたからだろう。
動画サイトやSNSを経由して音楽と出合うことが当たり前となり、音楽史的な文脈に関係なく「いいものはいい」という基準で音楽を聴き、SNSに投稿するというミームが自然になっていく。
またいっぽうで、DJたちがレアグルーヴのひとつとして掘り起こしてきたことも大きい。DJを中心とした90年代のレアグルーヴやフリーソウルの時代にも、一部のクロスオーバーやフュージョンは重宝されることはあったが、高中正義に代表されるメジャーなフュージョン・アーティストはその俎上に載せられることはほぼ無かった。しかし、昨今のヴェイパーウェイヴやチルウェイヴ、フューチャーファンクと呼ばれるインターネット上で盛り上がったダンスミュージック・シーンでは、日本のフュージョンが多数サンプリングされ(そのほとんどがイリーガルだが)、ありとあらゆる過去のレガシーが掘り起こされて再発見されていった。
この動きが、動画サイトやSNS上におけるシティポップやフュージョンのリバイバルとリンクしていったというのが大まかなフュージョン・ブームの流れだ。シティポップやフュージョンに限ったことではないが、国境や時空を超えて、すべてがインターネットを通じてつながっているのが、今の時代なのである。
■フュージョン・ブームの立役者とも言えるCASIOPEA
さて、そんなフュージョンのリバイバルは高中正義だけにとどまらない。
例えば、往年のフュージョン・ブームの立役者とも言えるCASIOPEAも、若者や海外での人気がすごいことになっている。CASIOPEAは、1977年にギタリストの野呂一生を中心に結成されたグループで、1979年にアルバム『CASIOPEA』でメジャーデビューを果たす。50年近い歴史のあるグループは今もなお精力的に活動を行っているが、海外で注目されているのは70年代末から80年代にかけての音源。
実際、当時からCASIOPEAは海外の音楽ファンからは高く評価されており、80年代初頭には英国公演や海外リリースも行っている。また、レヴェル42やシャカタクなどとともに、当時の英国のDJたちがスピンしていたという記録も残っている。
CASIOPEAが70年代から80年代にかけて生み出した現在の人気作は、いわゆる黄金期と呼ばれるメンバー、野呂一生(G)、向谷実(Key)、櫻井哲夫(B)、神保彰(Dr)という4人で活動していた時期のものが中心だ。
レコードジャケットのアートワークがキャッチーなこともあってか、とりわけデビュー作の『CASIOPEA』(メンバーは上記とは一部違う)と、1982年の傑作ライブアルバム『MINT JAMS』の人気が高い。ここ数年、これらのアルバムはアナログで何度もリイシューされているが、プレスされるごとに完売が続く状況だ。
テクニカルでパワフル、そしてスピード感に溢れた彼らの演奏は、今聴いても新鮮ではあるが、世界から見ても他にない“新しい音楽”として好まれているのも納得できる。こういった近年の再評価を受けて、9月にはロサンゼルスでの公演も成功させるなど、さらに海外でも人気が高まりつつあるという状況だ。
■各国のプロモーターから問い合わせが絶えない菊池ひみこ
高中正義やCASIOPEAに代表されるような一連のフュージョン・リバイバルにおいて、ダークホース的な存在が菊池ひみこである。
往年のフュージョン・ファンならご存じだろうが、高中やCASIOPEAほどの大きなヒット作はない。むしろ、知られざる実力派として人気があったピアニストである。その菊池ひみこが1987年に発表した7枚目のオリジナル・アルバム『FLYING BEAGLE』は、これまたYouTubeで数100万回再生を誇っているということが驚きだ。
菊池ひみこの作品のなかでも、これまで一般的に評価が高かったのは、アーニー・ワッツと共演した初期の『Don’t Be Stupid』(1980年)やフュージョン全盛期の作品『Reverse It』(1984年)あたりで、80年代後半の『FLYING BEAGLE』は発売当時には現在ほど広く知られていた作品ではなかった。しかし、今では世界的にも最も人気の高い作品であり、当時菊池が飼っていた愛犬をジャケット写真にあしらったアートワークは、日本よりも海外での認知が高いと言っていいほどだ。そのため、昨年リイシューされたアナログ盤は、一瞬で市場から消え、海外のリスナーの間でも高く取引されているという。
そしてこの現象もリアルなライブに反映されており、この8月にロンドンのクリスタル・パレス・ボウルで開催された大規模野外音楽フェスティバル「Palace Bowl Presents City Pop Waves」に高中正義、八神純子らとともに出演して大喝采を浴び、その後も各国のプロモーターから問い合わせが絶えないという。
さらに世界に広がっていくのも、時間の問題だろう。
▼菊池ひみこ「Look Your Back!」Official Image Clip
■心地よさや開放感を重視して選曲する“バレアリック”
さて、本稿では一言で“フュージョン”と括っているが、実際にはその言葉の意味合いは少々複雑である。というのも、ロック出身でメロディアスなギターを弾く高中正義と、テクニカルなバンド・アンサンブルを売りにしたCASIOPEA、そしてジャズ・ピアノの発展系とも言える菊池ひみこの3組は、すべてタイプの違うアーティストである。
むしろ、これらを一緒くたにすることには無理がある。裏を返せば、ジャパニーズ・フュージョンというジャンルは単純で均一にまとめられるものではなく、非常に多様な音楽性を内包したジャンルということがわかるだろう。そう考えると、今後はさらに再評価の基軸の幅が広がっていくことは予想できる。
そんな多様な評価軸のひとつに“バレアリック”というキーワードが挙げられる。
このバレアリックとは、クラブミュージック天国と言われる地中海の島、イビサ島で使われ始めたイメージワードだ。イビサはハードコアなテクノやハウスで踊るクラブが乱立していることで知られるが、そういった激しいダンスミュージックから少し離れ、いわゆるチルアウトするための場の演出として、リラックスできるアンビエントミュージックのほか、レゲエ、ラテン、ジャズなどを流すカフェやバーが存在する。
そういう場ではバレアリックという言葉のもとに、心地よさや開放感を重視して選曲がなされているのだ。この文脈で、ジャパニーズ・フュージョンが語られることも増えてきた。例えば、細野晴臣、鈴木茂、山下達郎が参加したオムニバスのインスト作品『Pacific』(1978年)や、ラテン・フュージョンの先駆者である松岡直也、さらには鈴木英人のイラストとタッグを組んで制作された堀井勝美PROJECT、難波弘之がメンバーに参加していたATLASのようなリゾート・フュージョンは、若い世代にとってはバレアリックの文脈で楽しんでいるようだ。高中正義の諸作品もこの系譜と言っていいだろう。
■“ブギー”とは、シンセサイザーなどを効果的に使ったソウル/ファンク
いっぽうで、DJたちからは“ブギー”というキーワードで、フュージョンを掘り起こす作業が続いている。ブギーとは80年代以降のディスコの発展系で、シンセサイザーやドラムマシン、シンセベースなどを効果的に使ったソウル/ファンクだ。
生演奏のグルーヴとはまた違ったクールさが魅力で、代表的なアーティストはチェンジやカシーフなどだが、まさに彼らに影響受けたのが80年代当時の若手フュージョン・ミュージシャンや角松敏生などだ。よって、80年代後半以降のフュージョンにはブギーの薫りを感じさせるものも多く、そういった楽曲がDJネタとしてディグされているのだ。
「Dazzling」など80年代後半のCASIOPEAもこの文脈での評価といえるが、それ以外にも鳥山雄司やPARACHUTE一派、さらにはTHE SQUARE(現在のT-SQUARE)の一部の楽曲も再発見されつつあるようだ。先に挙げたヴェイパーウェイヴで盛んにサンプリングされていたものも、いわゆるブギー系フュージョンが多く、ダンスミュージックの視点からフュージョン評価の再編が行われているのである。
■フュージョンのシーンは非常に厚く、発掘と再評価が進んでいるとはいえ氷山の一角
ただ、フュージョンのシーンは非常に厚く、様々な切り口で発掘と再評価が進んでいるとはいえ氷山の一角でしかなく、いまだに掘り起こされていない埋蔵量は膨大だ。
例えば、深町純が単身ニューヨークで作り上げた傑作『ON THE MOVE』(1978年)や、渡辺貞夫の『My Dear Life』(1977年)以降の海外録音作などは、海外ミュージシャンを起用したというグローバルな視点においても、もっと再評価されてもいいのではないかと思うし、PRISM やNANIWA EXPRESSなどのテクニカルなパワーフュージョンも、CASIOPEAと同じような文脈で親しまれてもいいだろう。
そういった意味においても、今後はジャパニーズ・フュージョンの鉱脈全体を俯瞰しながら、再評価に値する楽曲やアルバムに日の目を当てていく価値があるのではないか。しかし、そのように整理していったとしても、突如、菊池ひみこのような意外なところにスポットが当たるという現象も、また昨今の再評価の面白さだ。
改めてフュージョンの魅力に浸りたいのであれば、信頼できるプレイリストやレコメンドを参考にしながら自分の好みの音を探し、ときには突発的なバズを受け入れていくというのが、今っぽいフュージョンの楽しみ方なのである。
TEXT BY 栗本斉
▼プレイリスト:『J-FUSION』
https://filtrjapan.lnk.to/J-FUSION




