星野源が2025年5月から7月にかけて各地を巡った全国ツアー『Gen Hoshino presents MAD HOPE』が7月12日・13日の沖縄・沖縄サントリーアリーナをもって本公演が終了し、アジアツアーと追加公演を残すのみとなった。ひとつの区切りがついたこのタイミングで、本稿では5月31日に行われた埼玉・さいたまスーパーアリーナ公演をレポートする。
■現在の星野源のスタイル、モード、やりたいことが濃密に込められたライブ
2019年の『星野源 DOME TOUR 2019「POP VIRUS」』以来、実に6年ぶりとなった本ツアー。
6thアルバム『Gen』(2025年5月14日発売の最新アルバム)の楽曲を中心に、これまでの代表曲・ヒット曲を含んだセットリスト、独創的かつ自由奔放な音楽性を誰もが楽しめるポップミュージックへと結びつけたサウンド、そして、彼自身の精神性がリアルに反映されたステージングなど、現在の星野源のスタイル、モード、やりたいことが濃密に込められたライブが展開された。
客入れのBGMはルーサー・ヴァンドロスの「Never Too Much」やジョーイ・シードックの「In Heaven」などのR&B、ネオソウル。
親子連れ、友人同士、ひとり参加など、観客の層はびっくりするほど幅広く、全員が久しぶりの星野源のライブを心待ちにしている(筆者の後ろにいた20代くらいの男性ふたりは、ずっとドラマー・石若駿がいかにすごいかについて語っていた)。
開演時間を過ぎると音楽に合わせて手拍子が鳴り響き、少しずつテンションが高まっていく。そして会場の照明が落とされ、ついにライブがスタート。最初に聞こえてきたのは、星野源自らが脚本を手がけたボイスドラマだ。『Gen Hoshino presents MAD HOPE』の根底に流れるテーマを感じさせるストーリーに引き込まれていくと、ステージに赤いライトが当たり、バンドメンバーが一斉に音を出す。
“MAD HOPE”のロゴが掲げられた舞台の中央から登場した星野は「こんばんは、星野源です!」という挨拶し、1曲目の「地獄でなぜ悪い」へ。ここはすでに地獄だが、それがどうした、“ただ地獄を進む者が 悲しい記憶に勝つ”。そんな世界観を狂ったようにポップなサウンドとともに放ち、観客は楽しそうに身体を揺らす。“生まれ落ちた時から 居場所などないさ”というフレーズに特に強い感情を込めたことも印象的だった。
シンセのノイズと「一緒に踊ろう、さいたま!」という声に導かれたのは「SUN」。星野はステージの端から端まで移動しながら「もっと一緒に!」とシンガロングを促し、ナチュラルな一体感を生み出した。
「久しぶりのツアーということで、昔の曲も、新しいアルバム『Gen』の新曲もいろいろやっていきたいと思います。最後までよろしくお願いします」と落ち着いたトーンで話した星野。その言葉通り、ここからはアルバム『Gen』の収録曲と既存曲を交えながら進行。
まずは「喜劇」。原曲よりもゆったりとした雰囲気で、温かさと穏やかさを感じさせるボーカルが広がる。長岡亮介のシックなギタープレイに導かれた「Ain’t Nobody Know」では紫を基調したライティングも相まって官能的なイメージを表出。さらにキーボードと歌から始まった「Pop Virus」では、観客がハンドクラップで参加。間奏パートではMC.waka(オードリー・若林正恭)が映像出演し、“モニター越しからライブジャック”とラップを披露する演出も。星野は“刻む 戻らない一瞬を”という原曲にはない歌詞を差し込み、この曲を『Gen Hoshino presents MAD HOPE』で歌う意味を刻んでみせた。
長岡亮介(Gu)、三浦淳悟(Ba)、櫻田泰啓(Key)、石若駿(Dr)に4人編成の弦楽器(美央/Vn、伊能修/Vn、二木美里/Vla、内田麒麟/Vc)、3人編成のホーンセクション(武嶋聡/Sax,Flute、佐瀬悠輔/Tp、池本茂貴/Tb)を加えたバンドメンバーのアンサンブルも絶品。時に音楽的なセオリーを逸脱する星野源の楽曲をステージで表現できるのはこのメンバーしかいない。
「エグイ、気持ちいいです。先日リリースしたアルバム『Gen』、聴いていただけましたでしょうか? そのアルバムから2曲お届けします」というシンプルなMCから「Eden(feat.Cordae,DJ Jazzy Jeff)」。ステージ上方に置かれたミラーボールに光があたり、無数の星が煌めくような空間が出現した。なめらかで美しいボーカル、快楽的なグルーヴをたたえたラップが共鳴。優しさと切なさに溢れた旋律、“きらきらはしゃぐ この地獄の中で”という歌詞が響き合う「不思議」のあと、「最高やぞ!」(男性客)「ホンマに? 最高か?」(星野)というやり取り、バンドメンバーの紹介を挟み、「僕は2010年にソロデビューして、今年で15年。久しぶりにこの曲をやりたいなと」と2013年のヒットチューン「夢の外へ」を披露した。
ライブ前半でもっとも華やかなムードを生み出したのは、2016年の音楽シーンを代表する楽曲「恋」。間奏で星野がちょっと恥ずかしそうに振付を披露すると、歓声のボリュームはさらにアップ。鋭さと軽やかさを同時に放つバンドサウンドによって会場の高揚感は最初のピークを迎えた。
■「ぼそぼそ歌って作った曲が、こういうところでやってもあまり気分が変わらないのは、非常に面白い」
赤えんぴつ(バナナマンが扮するフォーク・デュオ)のトークと歌がスクリーンに映された後、星野はアリーナ中央に移動し、アコースティックギターの弾き語りを3曲披露することに。
まずは1stアルバム『ばかのうた』(2010年)から、“煌めき 闇の中に/心の奥に 眠ってる光”と歌われる「ひらめき」。さらにニューアルバム『Gen』の収録曲「暗闇」では“あなたの涙から/流れるきたない心”というラインがじんわりと心に浸透してくる。
照明は最小限の白いライトのみ。暗闇のなかに浮かびある星野がアコギと声だけで紡ぎ出す歌は、どうしても“1対1”で伝わってしまう。その奥にあるのは言うまでもなく、拭いようがない孤独、暗闇だ。
ここで星野は「僕は埼玉出身でして。生まれは浦和で、育ったのは川口でした」と静かに話し始めた。
「僕が育った場所はホントになにもなくて、エンタメが全然なく。でも家のなかでずっと音楽が流れていて、まったく意識してないけど、たぶん吸収して育ったんでしょう。その後、音楽を作るようになり。とても暗い人間だったものですから、作るけど、それをテープに録って、誰にも聴かせることがなく。ひとりで『1stアルバム』とか書いてたんですけど、最初はそういうものなんだろうなと思います。始まりはすごく小さなもので、本当に本当に小さいところから、続けていると雪だるまみたいに大きくなって。今はこんな何万人もの人に聴いていただけるようになったのは、いまだに不思議な感覚です。自分の部屋で、小さい音でギターを弾きながら、ぼそぼそ歌って作った曲が、こういうところでやってもあまり気分が変わらないのは、非常に面白い。ひとりというのも悪くないなと」
そんな話の後で歌われたのは『ばかのうた』収録曲の「くせのうた」。星野が部屋でひとり、誰に聴かせるでもなく生み出したこの歌を、さいたまスーパーアリーナを埋め尽くした全員が受け取る。“悪いことは重なるなあ 苦しい日々は続くのだ”というフレーズはそのまま今回のツアーに繋がっている。日本を代表するスターになった星野源だが、その本質はまるで変わっていない。
再び“赤えんぴつ”がスクリーンに登場した後、ライブは後半へ。
まずは『Gen』のなかでももっともシリアスな趣をたたえた「Sayonara」。ダークな美しさを醸し出すサウンド、“絆は 孤独を輝かす”というラインがずっしりと響き、観客はまったく動けなくなる…と次の瞬間、ツアータイトルに掲げられた「Mad Hope(feat.Louis Cole,Sam Gendel,Sam Wikes)」が炸裂。間奏では星野がエレキギターを持ち、長岡と向かい合って鋭利なフレーズをぶつけ合う。『Gen』のなかでも際立ってブッ飛んだこの曲を生演奏で体感できたことは、今回のツアーの醍醐味のひとつだったと思う。
さらに“好きを源に”という歌詞の大合唱が生まれた「Star」、石若駿のビートから始まり、韓国のフィーメールラッパー・Lee Youngjiがスクリーンに登場した「2(feat.Lee Youngji)」と心地よいグルーヴを放つ曲が続き、オーディエンスも自由に身体を揺らしまくる。
そして、ここで冒頭に続きふたつめのボイスドラマ。登場するのは『ドラえもん』のキャラクターたちで、のび太、しずかちゃん、スネ夫、ジャイアンが星野源のライブに遊びに来たというシチュエーションで、ここで披露されるのはもちろん、「ドラえもん」だ。“ドドドドドド”と楽しそうに叫ぶオーディエンス全員に笑顔の花が咲いた。
「新しいアルバムで、いちばん難しい曲をやります。みんな応援をよろしくお願いします。俺たちに力を! 数万人の君たち、くらえ!」というMCから「創造」(曲の前半、出番がなかったホーン、ストリングスのメンバーが任天堂のゲームで遊ぶという演出も楽しい)。
DAWで構築された緻密にして大胆なアレンジを、凄腕のバンドメンバーがスキルを駆使して生演奏。筆者の後ろの席にいた男性ふたりも手拍子しながら「ヤバい! ヤバい! ヤバい!」と叫んでいる。
「踊ろう、さいたま!」という声にリードされた「Week End」で会場をダンスフロアに変貌させ、本編ラストは「Eureka」へ。
「今この瞬間は、今しかないんで。思い残すことがないように」という言葉から、流麗な鍵盤のフレーズが鳴りはじめ、しなやかなボーカルが広がっていく。何もわからないなかで、人はくだらない日々を過ごす。それでもなお“歩いて 止まって/失くして 取り戻して/それだけだ”というフレーズに希望の欠片を見出したのは筆者だけではないだろう。
■アンコールでは、星野源と切っても切れない仲のニセ明が登場
アンコールの始まりも、本編冒頭を飾ったボイスドラマの面々が登場し、今日のライブとリンクしたストーリーが展開される。そのなかで、次の演目が“ニセ明”だと判明し、さらに寺坂直毅の「100年に一度、いや、1000年に一度のエンターテイナーが降臨します!」という生アナウンスからニセ明のステージへ。
「異世界混合大舞踏会」を巻き舌で歌い上げる。アルバム『Gen』のボックスセット“Visual”のBlu-ray/DVDに収録された映像「創作密着ドキュメンタリー『ニセ明と仲間たち、2025春』」で制作された「Fake」「REAL」も披露。気持ち悪くて楽しい、ニセ明のエンタメは2025年も絶好調だ。
バンドメンバー、スタッフのクレジットを記したエンドロールが映された後、再び星野源が登場。凄まじい拍手と歓声のなか、最後に演奏されたのは「Hello Song」だ。観客の大合唱が生まれ、“超える未来”“笑顔で会いましょう”というフレーズが会場全体を包み込んだ。
孤独や不安、この世界のどこにも居場所がないという寂しさは、星野源だけではなく、おそらく多くの人に共通している。逆説的ではあるが、もしかしたら“どこにいても寂しいよね”“分かり合えないよね”という思いを共有することだけが、他者と繋がる手段なのかもしれない。
ひとりだけど、ひとりじゃない──。『Gen Hoshino presents MAD HOPE』で得られたものは、観客一人ひとりのこの先の日々に、決して小さくない力を与えてくれるはずだ。
TEXT BY 森朋之
PHOTO BY 田中聖太郎、藤井拓
■セットリスト
『Gen Hoshino presents MAD HOPE』
2025.05.31@さいたまスーパーアリーナ
01.地獄でなぜ悪い
02.SUN
03.喜劇
04.Ain’t Nobody Know
05.Pop Virus
06.Eden(feat. Cordae, DJ Jazzy Jeff)
07.不思議
08.夢の外へ
09.恋
10.ひらめき
11.暗闇
12.くせのうた
13.Sayonara
14.Mad Hope(feat. Louis Cole, Sam Gendel, Sam Wilkes)
15.Star
16.2(feat. Lee Youngji)
17.ドラえもん
18.創造
19.Week End
20.Eureka
[ENCORE]
01.異世界混合大舞踏会
02.Fake
03.REAL
04.Hello Song
■ツアー情報
『Gen Hoshino presents MAD HOPE Asia Tour』
8/30(土)台北・TICC(台北國際會議中心)
8/31(日)台北・TICC(台北國際會議中心)※追加公演
9/13(土)ソウル・オリンピック公園 オリンピックホール
9/14(日)ソウル・オリンピック公園 オリンピックホール ※追加公演
★上海公演の詳細は、後日発表。
『Gen Hoshino presents MAD HOPE』追加公演
9/21(日)大阪・京セラドーム大阪
10/18(土)神奈川・Kアリーナ横浜
10/19(日)神奈川・Kアリーナ横浜
星野源 OFFICIAL SITE
https://www.hoshinogen.com/
『Gen Hoshino presents MAD HOPE』特設サイト
https://www.hoshinogen.com/special/tour2025/







