INTERVIEW 3

柳井 貢
Saucy Dog マネジメント
HIP LAND MUSIC CORPORATION & MASH A&R

令和のヤバイ、ラブソング。

Saucy Dog「シンデレラボーイ」が世間に届くまでのシンデレラストーリーとは

今回お話を伺ったHIP LAND MUSIC & MASH A&Rの柳井貢(871)さんは、令和の恋愛観をリアルに描き切ったヤバイ曲「シンデレラボーイ」で話題を集めているロックバンドSaucy Dogのチーフマネージャーを担当しています。

怒りや悲しみ、それでもなお残るパートナーへの情愛。ストレートでありつつも余白を持たせた歌詞は、聴く人の感情を揺さぶり、想像力を掻き立てる楽曲として幅広い世代に今も愛されています。

ここまでのヒットを生むにはかなり綿密なプロデュース計画があったのかと思いきや、「一緒にすごさを感じながら、ついていった楽曲」と話す柳井さん。今回は「シンデレラボーイ」がどのように広がっていったのか、その裏側についてお伺いしました。

当てに行ったというより、
世の中に見つけてもらった曲

THE FIRST TIMES編集部員 (以下、TIMES編集部員)
  • Saucy Dogの「シンデレラボーイ」は、すでに令和のラブソングの代表格となっている気がします。これは狙い通りだったんですか?
柳井貢 / 871さん(以下、871)
  • 「いつか」は音楽好きの人たちに見つけてもらって、それこそ口コミなどでじわじわと広がっていった曲だと思うのですが、「シンデレラボーイ」は自分から特定のアーティストの新譜を追ってなかったり、誰の曲かわからないままプレイリストをなんとなく聴いている人とか、コアな音楽ファンじゃない人たちにもたくさん聴いていただけた曲です。
  • でも、正直に言うと「シンデレラボーイ」はアルバムのセカンドリードでもあったので、渾身の1曲としてプロモーションに注力していたわけではないんです。リリースタイミングは特に。なので、むしろもっと狙っとけよっていう(笑)。そういう意味でいうと、本当にシンデレラストーリーを歩んだ楽曲かもしれないですね。
  • スタッフからの期待もそれほど大きくなかったということですか?
871
  • 期待値の大小で語るのは難しい所ですが、そうですね。最初はそこまで大きな期待は掛けていなかったかもしれないです。当時は5枚目のミニアルバム『レイジーサンデー』をどうやって届けるべきかっていう議論がずっとされていた状態でした。絶対に「この1曲だよね」っていうのがチーム一丸であったわけではなくて、どれもいい曲だから悩むよねみたいな。
  • そこから紅白で披露するまでのヒットソングに成長したんですね……!
871
  • 僕らも一緒にすごさを感じながら、ついていったっていうような感じでしたね。
  • 「シンデレラボーイ」は、Saucy Dogにしては珍しい雰囲気の曲じゃないですか? 女性目線の歌詞構成も初めてですよね。
871
  • これはVo.石原慎也の挑戦だったかもしれません。「いつか」もそうですし、それまでは自身の恋愛に想像やファンタジー要素を絡めて歌詞を書いていたと思うんですが、「シンデレラボーイ」は慎也が“自分が主人公じゃない話”というか、そこが明確な曲ではない曲を書いたのは初めてなんじゃないかな。
  • もっと広げて、目線を女性の側に移して、作家としてより創造性の高いものにチャレンジした最初の1曲なのかもしれないですね。
  • 今っぽい恋愛観を書いていると思うんですけど、「当てたい」という気持ちが石原さんの中にもあったのでしょうか。
871
  • 彼の中に「ただ良い人」とか、「ただ良いことを言ってるだけ」という認知のされ方だと、気づいてもらえないというか、届かないんじゃないかという感覚はあった気がします。「シンデレラボーイ」の中に「死んで」をピックアップした歌詞があるのは、多分彼なりのそういう狙いもあったかもしれないとは思います。
  • これだけSNSの匿名アカウントや裏アカウントが流通している時代だし、匿名で話すオンライン上の自分と、ある意味で素を隠しているようなリアルな自分との乖離をえぐるようなストーリーとか描写が世の中に求められているのではないか、と考えたのではないでしょうか。
  • 「シンデレラボーイ」をつい聴いてしまうというのは、そういう文脈がハマったからなのかもしれませんね。
871
  • 本当にそういう経験をしたことがあって共感してる人もいるだろうし。あるいはこういう経験に憧れるけど今の生活とか環境、自分の考え方、親の考え方とか、自分を構成する要素との乖離を穴埋めするような作品なのかもしれないですよね。
  • あとは、これをSaucy Dogおよび石原慎也が歌ったっていうのも良かったんだと思います。
  • たしかに石原さんのようなタイプの人が「死んで」と歌うのはインパクトがありますよね。
871
  • そうそう。そのころまで、Saucy Dogや石原慎也って、キャラクターの中の若々しい方に寄せてビジュアルを見せていたこともあって、爽やかなパブリックイメージに寄っていたと思うので、そことのギャップもあったかもなっていう。
  • 僕イチ個人としては「東京」が好きだったんで、このタイミングで恋愛の歌はどうかなという思いもあったんです。でもメンバーや慎也は偏った見られ方をされるのは不安だっていう思いがありながらも、やっぱりそれぞれに良さをちゃんと幅広く伝えていきたいっていうのがあった。
  • だから本当に何か僕らが狙い定めて当てにいったっていう感じでは全然なくて。やっぱり世の中に見つけてもらった、広げてもらったみたいな感覚の方が強い楽曲ではあります。

漫画仕立てのMVが、
世界観を広げるきっかけに

TIMES編集部員
  • 「いつか」や「東京」のMVはご本人が出ていますが、「シンデレラボーイ」は漫画ですよね。これにはどのような理由があるんですか?
871
  • 割合を考えたときに、本人たちが出てないビデオもちょこちょこ挟むんですよ。でも今回に関しては、忙しすぎて撮ってる時間的余裕がなかったっていうのも大きいですね。リリースまではまさに時間との戦いだったから、そういう物理的なことも含めて漫画ストーリーのMVにチャレンジしたという感じです。
  • 完全に歌詞通りになっていないのも面白いですよね。それによって想像力が働いたという視聴者も多い気がします。
871
  • メンバーと打ち合わせをしているときに、歌詞をそっくりなぞらなくてもいいよねみたいな話になって。作画を担当してくれたイラストレーターのますだみくさんに歌詞と音源を渡して考えていただきました。
  • 解釈のひとつという位置付けなのでしょうか?
871
  • それも間違ってはいないですが、例えば仮にその漫画が存在していた場合、その漫画が映画化するときに主題歌で選ばれるぐらいの距離感。
  • 石原さんの作詞能力、余白のある歌詞だからこそ、曲の世界観が広がっていくんでしょうね。
871
  • 解釈の引き出しが多い曲なんだろうなっていうのは感じますね。

“語りしろ”を増やすことで、
ファン意識をさらに深める

TIMES編集部員
  • Saucy Dogにとって2022年はどのような期間でしたか? チームとして意識していたことなどがあれば教えてください。
871
  • 姿勢としては「シンデレラボーイ」は今年でやりきるぞみたいな、そういう1年ではありました。
  • 2023年は「シンデレラボーイ」の次を見据える、という意味も込めてですか?
871
  • 「シンデレラボーイ」が広がった喜びもありますが、僕らはその1曲をヒットさせればOKっていう世界でやっているわけではないので、今度はどうやって「シンデレラボーイ」だけじゃなく、アーティストプロモーションに結びつけていくかということも考えていました。
  • 今思うと、「シンデレラボーイ」に振り回されすぎないような活動をしていたような気もしますね。
  • 楽曲が跳ねるまでのタイミングについては、どのように感じていますか?
871
  • 2021年の出来事だったと思うんですけど、「THE FIRST TAKE」で「いつか」と「結」をやった後に、優里さん、スカイピースさん、コムドットさんのYouTubeチャンネルに出演したんですよ。いわゆる音楽フィールドから外に出るきっかけになった大きめな要因はこれかな、と。
  • それぞれの出演時期が近かったこともSaucy Dogの知名度が広がる材料になっていると思います。
  • YouTube出演での反響は大きかったですか?
871
  • 大きかったですね。今の中高生のトピックになるネタって、どっちかいうとYouTuberやVTuber、ゲームなんかが多いんじゃないかなと思うんです。だから、フィールドの垣根を越えられた可能性はあるなと思います。
  • それまで「シンデレラボーイ」だけを知っていた人が、石原さんってこういう人なんだと思ったり、それがもっと好きになるきっかけになったのではないかということですよね。
871
  • 僕は、同時多発的に露出が増えることで認知する人の中で高まる信用度があると考えていて。情報が細切れになってしまうよりも、キャラクター性が一気に伝わると思います。あとは、アーティストに対する“語りしろ”ができることが重要になってきます。
  • “語りしろ”とは?
871
  • 例えばYouTubeへの出演やABEMAの恋ステのタイアップをやったとき、すでにファンの人たちからはネガティブな反応もありました。でも、実はこういったハレーションが起こることも重要なんです。
  • ハレーションが起こると、次は議論が起こります。議論が起こると、自分が好きなものを肯定するために思考を言語化をしてくれるので、気がついたらより好きになっていたりするんじゃないかと。
  • ファンの間で議論が生じるような話題性を、意図的に仕掛けるということですね?
871
  • たとえば今は、SNSを含めてどんどんパーソナルな情報を出していく風潮がありますけど、それがひとつの肝になってるんじゃないですかね。
  • 話題が多ければ多いほど、多方面からファンを取り込むことができますね。
871
  • Saucy Dogがこれまでにない新しい取り組みをすると、一部のファンからは「私たちのSaucy Dogはこうあってほしい」みたいな感覚があったり、「新しく入ったファンの中に行儀の悪い人がいて民度が下がる」みたいな議論も起きたり。
  • これらは現象として短期的に見るとマイナスな要素ですが、僕はわりと悪いだけの現象だとは思っていなくて。これはもう一時期の成長痛みたいなもんで、これがあるってことは今いい状態にあるんだなっていうふうにも思いながら慎重に対応すれば良いことだろうと。
  • Saucy Dogは発信の量が多いですよね。
871
  • メンバーは、ファンや世の中としっかりコミットしたいっていう意識が高いです。だから積極的にどんどん発信する姿勢を見せていますね。
  • まあ、その狙いがハマるときもあれば、若干スベって後悔してるときもあるかもしれないですけど(笑)。

「シンデレラボーイ」=Saucy Dogのヤバさの一端でしかない

TIMES編集部員
  • フラットに「シンデレラボーイ」のことを考えて、改めてこの曲のここがヤバイと思う部分はどこですか?
871
  • Saucy Dogはライブバンドであるという意識が強いので、再生回数やランキング、テレビへの露出が主戦場ではありません。アーティストのトピックとしては、2022の6月に東名阪でアリーナツアーができたことが大きかったですね。
  • 僕的には「シンデレラボーイ」は、ライブでもう一段階成長できる曲だと思っていたんですよ。
  • ライブでの「シンデレラボーイ」は、もっと盛り上がる曲にできそうだということですか?
871
  • これだけ多くの人が聴いてくれてる曲なので、イベントであろうがワンマンだろうが、やるとみんな聴き入ってくれるんですよ。そういう背景があるから、本人たちがやり続けることさえ耐えられるなら、もう1個先の盛り上がるところまで持っていけるんじゃないかと思っています。
  • 慎也もずっとそう言ってたりするんですが、もしかすると慎也がこの曲が盛り上がってほしいと言うのって、ちょっとシニカルな部分もあるんじゃないかなと思ったりするんですよね。
  • まだまだ伸びしろがありそうですね。
871
  • あと、6枚目のミニアルバム『サニーボトル』とその後にリリースしている楽曲は、ちょっと世界観が広がってるんです。普遍的だったり、ちょっと本質的だったり。だから今やっているホールツアーがめちゃくちゃ良くて。
  • 結果的にですが、あくまで「シンデレラボーイ」ってフックだったんだなっていうのがわかるというか、「ああ、Saucy Dogってこういうことが言いたいバンドなんだ」っていうのが伝わる曲が揃っています。「シンデレラボーイ」があれだけ広がってくれたから、自信をもって言いたいことを言えている感じもあるかもしれないですね。
  • Saucy Dogにとって「シンデレラボーイ」は、ヤバさの一端を担う曲というか、ヤバさの始まりの曲のような位置付けなんですね。
871
  • そう。その曲でバンドのことを知ってホールツアーに来た人たちが、Saucy Dogとは何ぞやということがわかる、いわゆる入り口のような曲になってる。楽曲のポテンシャルもヤバイし、バンドとして成長し続けるSaucy Dogの底力もヤバイです。

全曲推しで、
良い曲を全力で出していく

TIMES編集部員
  • Saucy Dogの不動の人気曲といえば、やっぱり「いつか」の存在が大きいと思います。
871
  • そうですね。当時「いつか」を超えるっていうのは本人たちの中でもテーマにしていることだったと思っています。でも「シンデレラボーイ」がそうなるはずだっていう確信は本人たちもなかったはずなんじゃないかな。実際に僕にも確信めいたものは全然なかったし。
  • だからここまでのヒット曲になったのは嬉しいことなんだけど、でもそれよりもやっぱり継続的にトップ100に複数曲入っているっていうことの方がすごく重要で、それを今後も継続していきたいっていうのはありますね。
  • 改めて「シンデレラボーイ」はじめ、Saucy Dog全体としての今後の具体的な展望は何かあるんですか?
871
  • その都度、良い曲を全力で出していくことをぶれずに続けていきたいですね。1曲だけに狙いを定めるのではなく、しっかりとバンド自体の良さを伝えていく。今後もライブは常にチャレンジしていくので、そちらも楽しみにしていただければと思います!
THE FIRST TIMES 編集後記
  • 今回柳井さんにお話を伺ってみて、「シンデレラボーイ」をはじめSaucy Dogというバンド全体の魅力をたくさん知ることができました。あの大ヒット曲がまさか、ヤバさの一端でしかなかったとは……。まだまだ発見待ちの名曲も、たくさんありそうです。
  • Saucy Dogがどんどん成長し続けていること。全曲推しの姿勢で、良い曲をリリースすべくチーム一丸となって進み続けていること。知れば知るほど魅力的なSaucy Dogに、今後も注目していきたいと思います!
  • 次回もお楽しみに!

PROFILE

柳井 貢
1981年生まれ 大阪・堺市出身。HIP LAND MUSIC CORPORATIONの執行役員及びMASH A&Rの副社長として、bonobos、DENIMS、アツキタケトモ、Keishi Tanaka、THE ORAL CIGARETTES、フレデリック、Saucy Dog、ユレニワ、Enfantsのマネジメントを主に担当。
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