
廣瀬 太一
MASTERSIX FOUNDATION
兼 MCR制作部 チーフ
兼 MCR制作部 チーフ
ソニー・ミュージックレーベルズ
“解釈の鬼”キタニタツヤが、今ヤバイ。
『呪術廻戦』タイアップ秘話と、「青のすみか」が描いた物語とは。
テレビアニメ『呪術廻戦』第2期「懐玉・玉折」のオープニングテーマとして、2023年にリリースされた楽曲「青のすみか」。キタニタツヤ渾身の1曲となった本作は『呪術廻戦』の世界観と見事に融合し、アニメファンの心を掴んだ結果、2023年紅白への出演を果たすほどのヤバイ曲となりました。
そんなキタニタツヤの躍進を支え続けてきたのが、A&Rの廣瀬太一さん。世界で1番欲しかったと語る『呪術廻戦』とのタイアップには、どんな想いを込めたのか。『呪術廻戦』らしからぬ明るく爽やかなサウンドが生まれた経緯とは。“解釈の鬼”と呼ばれる、キタニタツヤのヤバさとは何か。「青のすみか」という現象の裏側について、廣瀬さんにお話を伺いました。
“もっと早く、もっと大きく”なっているつもりだった
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THE FIRST TIMES編集部員 (以下、TIMES編集部員)
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- 「青のすみか」はアニメ放送開始の2023年夏から年末の紅白にかけて、昨年下半期に大きな成長を遂げた楽曲だと思います。今改めて振り返ってみて、どのように感じられていますか。
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廣瀬太一さん(以下、廣瀬さん)
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- すごくありがたいというか、結果が出たと言っても過言ではないと思うので素直に良かったなと。一方で、僕の中ではキタニタツヤはもっと早くもっと大きくなってるつもりだったんで、ようやく1回戦が終わった感じですね。
- 「もっと早く大きくなっているつもりだった」というのは、ポテンシャル的な話で?
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廣瀬さん
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- これは言葉の妙というか、少し表現が難しいんですけど。僕の場合、別にキタニタツヤに関わらず、自分が関わったプロダクトを世に出すときは、そのアーティストやクリエイターの才能やら可能性にものすごい自信があって。「この才能のこの1曲で世の中の状況がすげえ変わるかもしれない」って思えるくらい全力で届ける作戦をやってるつもりではあります。
- ただ逆に……、すごく矛盾するんですけど、その届ける手法にむちゃくちゃ自信もないんで(笑)。「何かの手法を間違えてて誰にも聴かれなかったらどうしよう……」みたいな気持ちも、やっぱり常に持ってはいます。
- なるほど。
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廣瀬さん
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- 僕なんかより当のアーティスト本人たちが1番そうだと思いますけど、すごく自信もないし、でも全部が渾身の1曲であるのは間違いなくて。
- 僕は2020年からキタニ君とご一緒していて。最初に出した曲からずっと、とんでもないヒットが生まれるんじゃないか、マジやべえこの曲って思いながら出してはいるけど、毎回、なんか届け方間違えてマジで誰も聴かなかったらどうしようと思ってるって感じです。
- その中だと今回が大きな山というか、3年間の集大成って言ったらあれですけど、マーケットの中で“キタニタツヤというプロジェクト”の初戦が終わった感じなんですね。
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廣瀬さん
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- 少なくとも最初の試合、ひとつのフェーズは終わったんじゃないかなと思います。
- 紅白出場も果たしましたが、キタニタツヤさんと「青のすみか」について話されたりもするんでしょうか?
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廣瀬さん
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- 「青のすみか」のストリーミングが大変いい初動でスタートしたときに、「このままうまくいったらこういう可能性もあるし、こんな可能性もあるから構えとこうね」って話したら、「なんか俺よりスタッフの方が浮かれてるな」とは言ってましたけど(笑)。
- めちゃくちゃ冷静ですね(笑)。
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廣瀬さん
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- 冷静だと思いますよ。僕が偉そうに言うのもなんなんですけど、世の中からの見られ方が変わったっていうのは自覚してるだろうなと。
- 「青のすみか」っていう曲の評価であったり、「青のすみか」というコンテンツが世の中に出るのにいろんなものが付随してるわけじゃないですか。わかりやすく言うとタイアップとか、すごい宣伝ができるとか。そういう全部をひっくるめて「青のすみか」はものすごく評価されているのであって、イコール自分の評価ではないと考えてるのだと思います。
世界で1番欲しかった『呪術廻戦』とのタイアップ
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TIMES編集部員
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- アニメとのタイアップが決まったときのこと、「青のすみか」はどんな部分から作り出したのか、どんな経緯で進んでいったのかも気になります。
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廣瀬さん
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- まず、スタッフである僕があのタイアップが欲しかったんですよね、めちゃくちゃ欲しかった。僕が世界で1番欲しかったと思います、絶対。キタニタツヤよりも、キタニタツヤのマネージャーよりも(笑)。ほかの誰よりもどのアーティストよりも、廣瀬太一が世界で1番欲しかったと自信をもって言えます。
- すごいですね(笑)。そこまで欲しかった理由って何なんでしょうか?
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廣瀬さん
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- 彼が自分の名前で曲を出し始めた頃から、簡単な言葉でまとめるとダークさであったり、世界を俯瞰して見てる感じとか、ああいうタイプの作品に合うだろうなとは思ってたんです。中でも、やっぱり『呪術廻戦』が良いなと常に思っていました。
- 後はTikTokとかで『呪術廻戦』のキャラクター動画や、場面カットのBGMにキタニタツヤ曲が異常値かっていうぐらい使われてたのも大きいです。
- ということは、彼がオーガニックに作った世界観がそもそも『呪術廻戦』との親和性が高いということで。『呪術廻戦』のキャラクターやストーリー、いろんな側面から好きな人にとって、普通に歩いてるだけでぶっ刺さる何かがあるんだと確信が持てたんです。
- なるほど。
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廣瀬さん
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- でも今回のタイアップは5話しかやらない、もう特別編みたいな長さの部分。結構ピンポイントでアプローチしていきましたね。でも周りからは言われましたよ。「もったいなくない?」って。
- それは単純に楽曲が放送で流れる機会が少ないからでしょうか?
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廣瀬さん
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- そうですね。単純に接触機会が少ないので、ちょっともったいないんじゃないの、みたいな。たしかにそれは思いました、不安でしたし。「ヒットポイントとしてはここです」っていうのを会社で説明したときに、「いやお前そんな短いクールでそんなこと言っていいの?」みたいな。でも「もう、1話でもいいや」って僕は思ってました、正直。
- 接触機会の多さより、親和性によるインパクトを重視したというか。
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廣瀬さん
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- キタニタツヤが絶対ガチっとハマるだろうなっていう自信はありました。SNSに上がった「『呪術廻戦』の曲はキタニタツヤにやってほしい」というファンからの声もしっかり拾ってたんで。X(旧Twitter)とかでも、来期のアニメ主題歌予想にキタニタツヤを挙げている人が多かったんですよ。本音を言えば、もっと声を大にして言ってくれって思うんですけど(笑)。
- 予想している人が多いことも、親和性が高い証拠ですね。
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廣瀬さん
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- 本人も自分の世界観を含めて、あとファンの声も含めて「俺がやらなきゃ誰がやるんだ」ぐらいの気持ちで望んだとは言ってましたね。
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世界観への逆張り。
「懐玉・玉折」でしかできない楽曲
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TIMES編集部員
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- 「青のすみか」は『呪術廻戦』の曲だと言われなかったら意外とわからないかもというか。作品のイメージと結構印象が違うと思うんですが、曲を作る時にまずは何から手をつけられたんですか?
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廣瀬さん
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- 彼はメロディーから作る事が多いはずですが、実際にどういうふうに制作していたかは彼の部屋のみぞ知るというところなんですけど。「こういうテーマだよね」って歌詞の話は会話の中でした覚えがありますね。どの人物の、何の瞬間にフォーカスするのかっていう認識は確認した記憶があります。
- なるほど。サウンド部分についてはいかがでしょうか?
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廣瀬さん
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- ちょっと逆張りをねらったんじゃないでしょうかね。
- これは昔からの手法だと思うんですけど、『時計じかけのオレンジ』とか象徴的かもしれませんが、残酷なシーンで超綺麗なクラシックが流れているとか、子どもの声で歌う童謡が流れているところで人がぐちゃぐちゃに刺されてたりすると、ファンも「うわっ」てなるじゃないですか。忘れられないトラウマになるというか。
- 今回の「懐玉・玉折」って、作中屈指の「人の心ないんか」ってSNSで言われているような場所で。原作を読んでいて未来がわかっている人にとっては、もう観てるだけで心が苦しくなるようなキラキラした青春が描かれるんですよね。そこに対して、もう本当に突き抜けるような、その青春を後押しするような曲で勝負する。歌詞も来たる未来がわかってる人が聴くと「なんでこの先にこんな悲しいことしか待ってないのに」って逆にコントラストで思うような、そういう仕掛けを持った曲になったと思います。
- テレビアニメ一期第1クールOPテーマにEveさんの「廻廻奇譚」があって、あれが結構“THE『呪術廻戦』”というイメージが強いなと思って。あの疾走感と暗さに対して、だいぶ明るい楽曲だなと思ったんです。映像も爽やかだし、原作を知っている身からすると歌詞も悲しいんだけど、基本は前向きな印象というか。それが逆にすごく切ないなと感じていたので、今のお話を聞いて腑に落ちました。
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廣瀬さん
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- そういう印象を受け取ってもらうことは、やっぱりダークファンタジーの重いサウンド、かっこいいサウンドだとできないなと思うし、作品の中の“このエピソードだからこそ”の逆張りみたいなのは、キタニ君自身がきっと意識してた事なんじゃないかなと思います。
- 「懐玉・玉折」って『呪術廻戦』っぽくないシーンもたくさんありますよね。あのテンションのオープニングを作れるのはあのパートだけというか。
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廣瀬さん
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- あそこの話を思い出したときに流れる曲であってほしいなっていうか。その後に待っているのがたとえ残酷な未来であっても、この曲が流れると「懐玉・玉折」のシーンが蘇るような。『呪術廻戦』の物語が好きであれば、きっと何度も聴きたくなる曲になっていると思います。
キタニタツヤの“毒”を残す。
曲はあくまでアーティストのもの
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TIMES編集部員
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- MVも赤と青が印象的ですよね。ご本人が真っ赤で青い人を追いかけている姿が印象的だったんですが、あの部分にはどんな意図があったんでしょうか?
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廣瀬さん
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- 赤と青のコントラストのアイデアは映像作家さんから出てきたもので、キタニくんがどういう気持ちであの曲を書いたかを伝えて、そのイメージを表現してくださった感じですね。
- なるほど。
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廣瀬さん
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- 戻らない青春って誰にでもあって、『呪術廻戦』の今回タイアップした部分の物語ってそれがすごくデフォルメされてるだけなんですよね。
- これはキタニ君自身が映像作家さんに話したことなんですけど「悲しいことも素晴らしかったことも、思い返してみるとこうだったな、というようなものをたまに引っ張り出してきて眺めたりして、それらに支えられて人間は生きていってる」みたいなニュアンスの事を言っていて。昔のこうだったなを、良いことも悪いことも含めて1個ずつ抱えながら人間は生きているから。でもやっぱり昔の事には後悔もつきもので、そういうものを総じて「青春」という言葉にして描写した、と。
- あと僕が言ったのは、ちょっとおじさんみたいですけど、青春に対してああだこうだ言う人って青春が終わってる人だけなんですよ。
- たしかに、当の本人たちは自覚していないというか。
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廣瀬さん
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- そうなんですよ。青春真っ只中の人間で「青春だ」って言ってる人っていないんですよね。青春小説、青春映画、青春っぽい音楽を消費してるのは、青春が終わった人なんで。
- ノスタルジーじゃないですけど。
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廣瀬さん
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- 変えられない過去というか、そういうものに対しての曲なんだよっていうキタニ君が楽曲に込めた意図を、映像作家さんなりのオリジナリティで抽象的に描いてくれたMVになったと思います。例えば最後のシーンとかががどういう意図を持つのかっていうのは観る人によって変わってくると思いますし。
- ただ全体のトーンというか、大きな方向性として僕がひとつ意識したこととしては、こういうリーチする人の層がバコッと広がる可能性があるタイミングだからこそ、元々持ってた独自性というか、キタニタツヤのある種の毒っ気の様な部分を消さないようにしようっていうのは話してましたね。
- 制作物を漫然とただ質感がいいものにするのはやめようっていうのは、キタニ君とご一緒して最初に相談して決めていて。そのルールを踏まえて、こういうタイミングだからこそ、キタニタツヤの原理原則にちゃんと従おうという話はしました。良い意味でファンを裏切っていきたいし、「めちゃくちゃ綺麗な映像で、かっこよく歌ってるのくると思ったでしょ?」みたいな。
- たしかに、サウンドも綺麗だし。
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廣瀬さん
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- 来ないよ〜、全然置いていくよ〜じゃないですけど(笑)。言葉にすると「ありきたりにしない」とかちょっと陳腐な言い方になるんですけど、でもそれはずっとキタニタツヤとして大事にしてた部分なんですよ。
- やっぱり、これってこういう意味があるんじゃないか、ああいう意味があるんじゃないかっていう考察があるからこそ、本当に何回も楽しめるものになるんだと思うんですよね。
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- オープニング映像とMVを比べると、MVの世界観が少し独立しているようにも感じるというか。かつ、赤と青のような『呪術廻戦』とリンクする要素もあって、だからこそすごい勢いで再生されているのかな、とも思いました。
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廣瀬さん
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- そうですね、とはいえそれはコンテンツによって善し悪しだと思っていて。アニメタイアップでその作品のために作られた曲として、その世界観を何度も楽しめる1個の要素とするのか、そうじゃないんだったら、僕はもうアーティストのものとして独立したものであるべきだと思うんですよ。タイアップって、良い意味でがっつり寄せにいくっていう戦法もあると思うけど、迎合するのは違うと思うので。
- あくまでアーティストコンテンツとして楽しんでもらうんだったら、それはアーティストとしての原理原則を状況によって変えるべきではないかなとは思いますね。
- なるほどなるほど。
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廣瀬さん
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- たとえば、ラーメン屋さんをやってるとするじゃないですか。麺にこだわってますっていう体でラーメン屋さんをやってて、その町で空前のカレーブームが起きたとします。
- はい。
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廣瀬さん
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- 美味しいカレーラーメンを出すんだったら良いと思うんですよ。でも、カレーライスを出したらおしまいじゃないですか。「何屋だよ、お前!」って話です。そのカレーブームが去ったらどうなるのかっていったら、無駄に仕入れた米だけが残るわけですよ。で、本来伝えたかった「麺が良いんです、この店は」ってのが一切伝わらないまんま、外的な状況で流されて終わっていってしまう。
- カレーラーメンを作るのはいいと思うんですよ。だってラーメン屋が、そのときのトレンドを取り入れてるわけだから。で、これってトレンドの話もあるし、タイアップって多分そういうことだなって思ってて。
- つまり、街に何かのブームが訪れるとしたら、そのブームをいかに使うかっていうのを考えるべきであって、ある種、変に寄せてるのって僕はなんか虫が良い話だなと思いますし、おんぶに抱っこしようとしてんじゃないよって思ってしまうんですよね。
プロモーションはひとつの物語
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TIMES編集部員
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- プロモーション部分のお話で、アニメの放送が終わって夏からたくさん番組に出られて、紅白までにもいろんな露出があったと思います。その中で具体的に何を意識していたかや、広めていく上で大切にしてたことがあれば教えてください。
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廣瀬さん
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- 大きいメディアに出るとき“他所行き”とかって言われたりするんですけど、興味があって会いに来てない人に、見せて良い部分と見せちゃいけない部分ってあるじゃないですか。
- どのレイヤーで、どんな人がそのメディアに接してるかで、どこまで自分を出すかというかっていうのは意識してて。それはあざとさって意味じゃなくて、たとえば合コン行ってすぐに個性を出す人って嫌われるでしょっていうのと同じ原理。これは同じ会社の別のA&Rが言っててなるほどなーと思ったんで自分の言葉の様にパクっていろんなところで言ってるんですけど(笑)
- たしかに合コンだと感じが良い人が好かれますよね。
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廣瀬さん
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- そうそう。だって合コンなんて、その人に会いに来てくれてるわけじゃないんだから。お互いにその個性を認め合って深い時間を築いていくのは、二人でデートしたり付き合ってからじゃないですか。
- それはテレビ番組でも同じですよ。漫然と観てる人が多い中で、「俺が、俺が」って何かを押し退けていく必要はないかなと。その代わり、自分の時間を意志を持って使ってくれる人にはいろんな話をしていいと思うし、いろんなコミュニケーションをとるべきだと思うし、その方が嬉しいじゃないですか、絶対。
- っていうのはなんか最初からちょっと意識はしてたのと、あとは連続性と参加性。プロモーションって、最初のうちはオウンドメディアやSNSから告知を出すぐらいしかなかったわけですよ。別にメディアの人が取り上げてくれるわけじゃないし。
- で、告知を出すのもクリエイティブだし、エンターテイメントだから。その出された告知に対して、いかにフォロワーやリスナー、ファンの人に、自分のこととしてそのコンテンツと触れてもらうか。
- 告知を出すときに、ただ情報として出すんじゃないと。
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廣瀬さん
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- たとえば最初に一緒にアルバムを出したときには、アルバムの告知を全部鏡文字で出してたんですよ。ひらがなをひっくり返してデザインした「ホハニ文字」っていうオリジナルの文字を作って、告知画像を作って、それで全部告知することによって、ファンの人は参加性を感じられるわけじゃないですか。「青のすみか」の話じゃなくて恐縮なんですけど、最初からこのスタンスは変わっていないんですよ。
- なるほど。
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廣瀬さん
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- 一方的に情報として投げられるんじゃなくて、それって何だろうって考えることで自分事になる。考えるっていう行為が大事だしそれを続けていくことによって、連続性っていうか物語になるんですよね、キタニタツヤとファンの。
- 一緒に歩んできた物語というか、それはすごいやっぱり意識していて。「青のすみか」では「キタ似タツヤ」っていうフレーズを作って、キタニタツヤ本人の代わりに宣伝してくださいっていうプロモーションをやったんですよ。
- 「あなたはキタ似タツヤです」って認定方式にして宣伝をしたんですけど、あれって宣伝スタッフから出てきたアイデアで。これも僕はひとつのプロモーションだと思ってて。要はそれがみんなにとってすごい宣伝だったかどうかはわからない。けどやっぱり宣伝スタッフに参加性を持たせるってのも大事なことだと思うし。
- スタッフにとっても自分事になっていくんですね。
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廣瀬さん
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- キタニタツヤのフェーズが変わっていくときに、あのとき一緒にあの宣伝をした。僕が、私が考えて宣伝をしたキタニタツヤが次また何をするかって、それはもうその時点でそのスタッフとキタニタツヤの物語ですよね。一緒になって何かをやる、同じ物語を目指すっていうのは、それはファンでもスタッフでもみんな共有するべきことだと思うので、そのスタンスはずっと持ってますね。
- 「宣伝隊長認定」のような施策はよく見かけますが、それを“キタ似”という言い方にしてるところにユニークさを感じます。面白いですよね。
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廣瀬さん
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- それはやっぱり本当にスタッフに恵まれてるというか、キタニタツヤが築いてきたスタッフとの関係値のおかげだと思うんです。キタニタツヤというものの面白さをわかってくれているし。
- いじって良いんだ、じゃないですけど。
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廣瀬さん
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- そうそうそう!それを許容させるキタニタツヤも素晴らしいなと思いますし。もちろん本人は全部面白がってそれに乗ってるし、これだったらこうした方が良いんじゃないかとか、自分のこととしてちゃんと向き合ってくれてる。
- スタッフに面白がってもらえるって、やっぱり1番良いですよね。同じような音楽、同じぐらい人気があるものがあったら、自分が面白がれるものを触りたいじゃないか、やっぱり必然的に。
- ありがとうございます。「青のすみか」のプロモーションの流れや山についてもお伺いしたいのですが、1番大きかったのはアニメ放送終了後のMステと「THE FIRST TAKE」でしょうか。そのあたりはどうプランニングしていかれたんですか?
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廣瀬さん
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- さっきも言ったようにアニメ自体は5話で終わっちゃうんで、そこがポイントでしたね。5話で終わるものをそのまま続けるのか、「青のすみか」との接点をなるべく長く持たせるのか。音楽番組の金字塔でもある、Mステに出るタイミングも本当に迷いましたね。
- アニメ最終話の次の日に、Mステの出演と「THE FIRST TAKE」の出演がありましたよね。決め手になったのはどんなポイントだったんでしょうか?
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廣瀬さん
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- 最終話の次の日に両方やろうって決めたのは「このメディアにこのタイミングで出てサブスクはこういうふうにやっていった方がいい」みたいな理系的な考え方ではなく、ひとつの物語としてとらえたから。
- キタニタツヤのファンはもちろんそれなりにたくさんいるし、純粋に「青のすみか」が好きっていう人もいただろうけど、大多数はやっぱり『呪術廻戦』という作品の音楽としてまずは好きになってくれたわけじゃないですか。
- だからプロモーションも、『呪術廻戦』と作品が好きで好きで堪らない人たちとの“ひとつの物語”だと捉えました。物語としてどういう幕の閉じ方が良いのかなって考えたときに、思い出にただ漫然と浸り続けるというか、その次の週にMステ出てその次の週に「THE FIRST TAKE」出て、やっぱ良かったよね〜っていう曲じゃないなって思ったんです。
- なるほど。
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廣瀬さん
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- 「懐玉・玉折」の内容って、五条悟が一瞬居眠りしてて昔を思い出してた話だと思うんですよ。最後、パッて終わるじゃないですか。パッて終わって、もう次の未来に進んでいかなきゃいけない。もう目の前にはそんなこと思い出してる余裕もないぐらいの未来があるわけだから、ダラダラとすることに美しさがない物語だなって思ったんです。
- 後は「THE FIRST TAKE」で楽曲の角度が変わるような、まさに明るくて爽やかな疾走感からレクイエムのようなアレンジにさせてもらえたので、もうこれはここで一気に物語を終わらせてあげた方が心に残るかなって思ったんです。
- TikTokとかYouTubeを観てると、物語の方が早く終わっちゃってみんな惜しんでる感じがします。「青のすみか」ロスじゃないですけど、声を上げてる人が全然まだ秋ぐらいまでいるぞっていうか。みんなの心に残ってる感じが良いなと思いましたね。
解釈の鬼、音楽バカ
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TIMES編集部員
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- 海外ファンの間でも「青のすみか」はかなり聴かれていると思います。アニメのパワーはありつつ、海外に波及できた理由や感触、海外で聴かれていることを今どのように感じられてるのか伺いたいです。
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廣瀬さん
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- まずシンプルに海外からのオファーが増えました。東アジア中心に興行のオファーがめちゃくちゃ増えて。これはいろんな要素があると思うんですよ。YOASOBIの「アイドル」を始めとして、その辺のキャップが外れた年だったなってのも思います。
- それは全体として?
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廣瀬さん
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- 日本全体として。ジャパンサブカルチャーと呼ばれるものへの造詣も世界的に深くなったし、広がりやすくもなった。そういうものに対して愛情を持ってる人たちのリテラシーがどんどん高くなっていって、キャップも外れていった良いタイミングだったのかなと思います。
- たしかにそうですね。
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廣瀬さん
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- あとはこれも偶然なんですけど、元々チャンスがあれば海外に広がってほしいなって思っていたんです。だからキタニ君自身も大きい告知はなるべく英語でもしましたし、あとミュージックビデオは全部歌詞の英訳をつけてるんですけど、それもキタニ君自らが相当こだわって英訳してて。全部意訳になってるんですよ。
- すごいですね、相当こだわりがある。
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廣瀬さん
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- 英文は英文で別の意味が楽しめるようにしてたりとか。あと2021年の終わりぐらいかな。時期までは思い出せないんですけど、戦略のひとつとして「Leaks From His Laptop」っていう、彼が自宅で作った30秒から1分の短いデモを7曲ぐらい定期的に出してそれをサブスクで配信する企画をやったんですよ。
- どうにかずっとプレイリストにキタニタツヤが入ってる状態が作りたくて。2週間に1回曲を出し続けてるとプレイリストも動きやすいので、そういうのをポコポコやってたときに、まんまとそれが2曲ぐらい海外の結構なプレイリストプロジェクトに入って。日本で全然聴かれてないのに海外で数千万回聴かれてるみたいな。
- 接点がちょっとずつ作れてたんですね。
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廣瀬さん
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- あとはほかのアニメタイアップもやらせていただいてるんですけど、どれも海外で人気がある作品だったので。特に『BLEACH』は原画展のテーマソングもやって、それが古参ファンにばち刺さりしまして。
- すごいですね。そこでまずは心を掴んでというか。
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廣瀬さん
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- 『BLEACH』といえば、っていう状態に持っていけてたんですよね。
- 『呪術廻戦』の状況に似てますね。
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廣瀬さん
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- キタニタツヤのタイアップ楽曲って、原作ファンにすごい刺さるんですよ。“解釈の鬼”とかって言われてるんですけど、僕がキタニタツヤのクリエイターとしてすごいなと思ってるところのひとつで、1個の作品とか物語があったときに、ひとつの人間関係にめちゃくちゃフォーカスするところなんです。
- ただひとつの人間関係の一瞬に超フォーカスしてるんですけど、それが実はキタニタツヤ自身にも重なってるし、同じ物語の別のキャラクターにも言えるし、なんならそこのあなたにも言えるよねっていう。そんな人間関係の感情における最大公約数を出すのが異常に上手いんですよ、彼。
- それは、ご本人が作品を読み込んで生み出しているものなんでしょうか。チーム内で作品について話したり?
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廣瀬さん
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- タイアップするときは彼自身はもちろん原作をすごい読みますし、「こうだよね~」みたいな、その物語についての感想みたいなものも話し合いもします。その話し合いが少しでも制作のヒントになれば良いな、とも思うし。
- ありがとうございます。キタニさんはSNSでの発信も多いタイプだと思うのですが、そのあたりの方針もしっかり決められているんでしょうか。
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廣瀬さん
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- 伝わりやすさとかは考えてると思います。スタッフから内容について相談することもあるし、アドバイスすることもありますけど、大前提で彼自身に伝えたいことがあるからであって、なにかを伝えることに関して彼はすごく誠実な人間だなと思いますね。
- 嘘をつかない人だし、つきたがらない。こんな言い方したらアレなんですけど、嘘をついてまで気に入られようとしてるタイプではないですね。
- ファンを集めるためにちょっと大きく出ちゃったりとか、そういうタイプではないと。
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廣瀬さん
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- 物事に対してものすごく誠実だなって本当に思います、一緒にいて。
- なんかこう、そこにいるなっていう感じがすごくするというか。SNSアカウントなんて、もちろんアーティストによって扱い方が異なると思うんですけど、本人の言葉がちゃんと出てきてるなって感じるアカウントは意外と少ない気がするので、それはすごいなって思いますね。
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廣瀬さん
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- 音楽自体の素晴らしさ、音楽を聴くっていうこと自体が、人間にとってものすごく素晴らしい行為なんだっていうのを、ちゃんと世の中に示したいみたいな気持ちもある人ですからね。
- 彼が一番好きなものって多分音楽なんですよね。本当、本質的には音楽以外には趣味とかがないんですよ。
- うんうん。
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廣瀬さん
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- 趣味がないって言って、一昨年ぐらいに「趣味を探すんだ」って言い始めたときがあったんです。で、「最近新しい趣味ができたんです」って言うから「どうしたん」って。そしたら、「サックス始めたんですよ」って言ってて。
- いや、それ音楽じゃんっていう(笑)。
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廣瀬さん
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- 頭良いのにバカなのかなこの人、と思ったんですけど(笑)。
- 音楽がすごく好きなのもあるけど、元々なにかを世の中に言いたくてやってる人だから。自分のメッセージというか、世の中もっとこうしたいっていう気持ちもあるだろうし、だからそういう言葉がいろんな人にバイラルするのは必然的だなと思ってます。
- 彼がSNSで言ってることに、僕自身も感動させられることもありますよ。本当に良いアーティストなんですよ、キタニタツヤって。
- キャラクター的に、スタッフからも好かれそうですよね。アーティストとして魅力的だし、なんか気になっちゃうというか。
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廣瀬さん
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- 本当に感じ良いですしね、人当たりは明るいし。あんな歌作ってて、明るいしっていうのが彼のポジティブプロモーションになるのかどうかわかんないですけど(笑)。
最初に好きだと言ってくれた人を
絶対に裏切らない
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TIMES編集部員
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- 「青のすみか」について、去年の夏から年末にかけての出来事をいろいろお聞きしてきましたが、ご本人とのやり取りで印象に残っているエピソードはありますか?
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廣瀬さん
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- 去年キタニくんと話した中でふたつ、特に印象に残っていることがあって。ひとつは紅白決まったっていう報告を直前まで明かさないで出演者発表当日の朝に言ったときのこと。僕らは全員、さっき冒頭でも言ったようにもうずっと最高だと思ってやってるんで、全作品。
- だからこそ悔しかった思いもいっぱいしてるから。「これがもう本当長かったのか短かった早いのかわかんないけど、ついにここまで来たよ」って言ったときに「早いでしょう。いや、全然トントン行き過ぎな方じゃないすか」って言ったときに、なんて冷静なやつなんだって(笑)。
- 冷静すぎる(笑)。本当に俯瞰でものを見てるんですね。
-
廣瀬さん
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- っていうのと、これは本当に僕が嬉しかったことなんですけど。やっぱりいろんな人にね、「青のすみか」どうだったとか会社の中でも情報共有をしなきゃいけないときに、僕はクリエイティブな意味で、「青のすみか」の作曲者としてここがやっぱり肝だったというところを聞いておきたかったんです。
- で、本人に「何でこんなすごい曲になったんだと思う?」って聞いたら、「こういう作り方したんですよね」とかじゃなくて、「やっぱり、いっぱい人が関わってくれたからじゃないですか」って言ったんですよ彼は。普通に楽屋で二人でいるときに。
- めちゃくちゃいい話ですね。
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廣瀬さん
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- 「もちろんA&Rチームもそうだし、マネジメントチームもそうだし、タイアップの窓口になってる人たちも、アニメの監督やスタッフの人も、その人たちにフィードバックをもらって、こういう捉え方もあるんだよっていう意見がたくさん入ったから作れたし、素直にいろんな人が関わったからだと思います」って言ってて、素晴らしいアーティストだなと。こんなアーティストと仕事ができて本当にA&R冥利に尽きるし、そのアーティストにそう言ってもらえるレーベルでよかったなっていうふうに思いますね、本当に。
- そこを俯瞰で見ているのもキタニさんらしいですね。
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廣瀬さん
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- でもキタニくん本人は、きっとこんな答えを言ったって覚えてないかもしれない。
- なるほど(笑)。でも自然に出た言葉っていうことですよね。本当に思ってるんだろうなというか。
- 廣瀬さん的に、キタニタツヤさんご本人のここがヤバいなと思うところってどういうところですか。
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廣瀬さん
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- 勤勉。めちゃくちゃよく働く。アーティスト性とかじゃなくてすごい恐縮だし、ポジティブなプロモーションになるかわからないんですけど(笑) 勤勉というか自ずとそうやってるみたいな感じになっちゃうのかもしれないですけど、「青のすみか」ですごく稼働してるときに、全国ツアーをしながらアルバムも1枚作ってるんですよ。
- なんか机にずっとかじりついてるじゃないですけど、そのイメージはたしかにあります。
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廣瀬さん
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- 新幹線の中でパソコンで曲を制作したりしていました。創作物を生むのが苦しくない人なんていないんで、彼は彼なりの苦しみ方をすごいして、いろんなものを削って出してると思うんです。
- すごい熱量ですね。
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廣瀬さん
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- 後は、アーティストとしてちゃんと覚悟があるというか。やると決めた制作や稼働は自分事としてちゃんと背負って絶対にやり切るし、それは本当に立派だなと思います。
- 言い訳したり逃げ道を用意したりって、いくらでもできるじゃないですか。この人がこう言ったからこうやったんだとか。ほんとはやりたいことじゃなかったんだけど、とか。そんな中で彼はちゃんとやりきるし、自分が背負うっていうのは、やっぱり勤勉さの表れなんじゃないかと思います。
- 本当にアーティスト活動に何かを燃やしてますよ。使命を背負った人間なんだろうなと思います。
- 5月には武道館も控えているかと思います。ここから先まだまだ楽曲のリリースも続くと思いますが、何か今後の狙いなどはあるのでしょうか?
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廣瀬さん
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- 彼がとあるライブのMCで言ってたことで、これから先、そんなに音楽のプライオリティが高くない人にも、「音楽ってすげえ楽しいんだぜ」「音楽を趣味として楽しむことってむちゃくちゃ良いことだし、生活において意義が深いことなんだ」っていうことを伝えていきたい、と。人気者になりたいとかじゃないけど、次のフェーズとしてはそういう目標なんじゃないかなと思います。
- これまでは音楽が好きな人に向けての発信だったけど、より広く、より大きな規模になっていくというか。
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廣瀬さん
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- そうですね。とはいえ、キタニタツヤって、ある種の間口の狭さが魅力のひとつだと思うんですよ。みんながみんな、スッとわからないというか。
- 僕はプランニングする立場として、キタニタツヤを最初に好きだって言ってくれた人のことだけは絶対に裏切っちゃいけないっていうのを決めていて、それがもうやっぱり全てだと思うんです。なのでそう考えると、これからどんどんわかりやすいものになっていくかって言われると多分それは否なんですよね。
- 一歩入ったら好きになってくれる人って、まだ世界中に沢山いると僕は思っていて。そういう意味でもちゃんと余すことなく彼のことを好きになってくれる可能性があるところに、ちゃんと彼のものを届けたい。ちゃんと、余すことなく届けたいですよね。
- それこそ今よりもダークな世界観というか、ここまで規模が大きくなる前の時代からファンとの結びつきの強さは個人的にも感じていて。10人中9人に刺さるんじゃなくて、刺さるのは一人かもしれないけど確実にその人の心を救うようなことをやってるんだろうなと。キタニさんのキャラクターも相まってある種ファンとの深いコミュニティができていて、今後はその規模がどんどん大きくなっていくんじゃないかと思います。
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廣瀬さん
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- まさにそうですね。最初にキタニタツヤを好きになってくれた人を裏切ってまで変える必要はないけど、でももっと違う伝え方をしたら、好きになってくれる可能性がある人がいるかもしれない。楽曲に関しても、本当どんどん進化していくと思います。
- これからの進化がますます楽しみですね。

- まさに2023年を象徴するようなヤバイ曲へと急成長を遂げた「青のすみか」。インタビュー前は『呪術廻戦』とのタイアップやプロモーション戦略など、緻密な計算のもとに人気を獲得した楽曲だと思い込んでいました。
- 「このタイアップが世界で1番欲しかった」「いっぱい人が関わってくれたから作れた」。緻密な戦略を展開するだけではない。アーティストに対する圧倒的な熱量音楽への想いと、周囲の人々への感謝。「青のすみか」ヒットを支えたのは、何よりも音楽への真っ直ぐな想いと人と人の繋がりだったのだと実感させられました。
- 「本当に素晴らしいアーティストだなと」そう語る廣瀬さん。アーティストを心から信じ、悔しい思いを経験しながら紅白出場までを成し遂げた姿にふれて、キタニタツヤの今後が本当に楽しみになりました。編集部員も「青のすみか」や新アルバムを聴きながら、今後の動きにも注目していきたいと思います。
- 次回もお楽しみに!

廣瀬 太一
2011年にソニーミュージックグループ入社。パッケージ営業や販売推進などを経て、2016年より、現在の株式会社ソニー・ミュージックレーベルズ第1LGレーベルグループにてA&Rとして、キタニタツヤ,MAISONdes, asmi, くじら, 梟noteなどを担当するほか、クリエイターズプラットフォーム”MECRE”を立ち上げ運営中。